第5話 使命

文字数 1,498文字

 ホモ・サピエンスたちの住居は2DKで広さは皆同じだと言われている。体格の大きな欧米人に合わせてあるようで、日本人の野丸(のまる)には少し広めであり、快適だ。地球とはさすがに離れていることもあり電波は安定せず、二週間遅れでテレビやラジオ番組の配給があった。電子メールであっても定期船が運んでくるので、最大二週間のラグが生じる。至急帰れと連絡が来ても、土台無理なのだ。各コンテンツは、部屋の住人に合わせて配られるが、日本のものについて話し合える相手はいない。共通言語はないが、アジア人側の半球では辛うじて中国語よりも英語話者が多い。野丸も英語の方がまだ理解できるので、インド人たちの部屋へ出かけることが増えた。隣に住む北朝鮮の彼女は、中国人コミュニティーに入っていった。

 アジア人たちの反対面には、欧米やアフリカの連中が住んでいる。が、まとまりが悪そうだった。彼らには多数派となる共通言語がない。それぞれ母語あるいは旧宗主国の言語を基本単位として集団が形成されていった。自動翻訳機があっても、言語的な結びつきが強いことが実証され、これは地球の人々にとっても興味深い結果であった。尚、エスペラントを学ぼうという意見が一部に出ていたのだが、英語圏と中国語圏の連中が強硬に拒絶した。

 食料も当初は同様に地球から運ばれていたが、やがて培養技術と排せつ物の完全な化学的再利用技術とが導入され、「ノア」で自給できるようになった。機械化されているが監督は必要で、それが「ノア」居住者にとっての主な労働となっていった。
 宇宙空間に漂っている、地球から打ち上げられ耐用年数を超えてしまった人工衛星を捕獲し、再利用することも彼らの使命だった。出身国の人工衛星に関して優先的な利用権を主張する者もいたが、八十人に選ばれなかった国家のものもあるので、平等に利用することになった。

 全てはホモ・サピエンスと地球から来た人工知能が制御していた。この人工知能は、ホモ・サピエンスを現状に留めることを絶対的な使命としてプログラミングされている。その範囲において、人工惑星「ノア」は、ホモ・サピエンスだけの、ホモ・サピエンスだけによる、ホモ・サピエンスのためだけの惑星なのである。宇宙環境の変化による被害があった場合は、受け入れざるを得ないが、「ノア」からの脱出は地球からよりも容易であると考えられており、有事の際に生き残るのはやはり、地球よりも「ノア」の民だろう。そしてそれも、「ノア」に送り込まれた人工的でないホモ・サピエンスの使命である。

 そのため「ノア」の次世代への継承は必ず行うべき事柄だ。それもこの選ばれた凡人たちが、人工的な改変無しに実行せねばならない。地球では死してなお意識を残す研究や、苦痛なく次世代を作り、育てる研究などが盛んであった。人工子宮を導入し、究極の男女平等を目指す動きすらあった。「ノア」ではそれを封じ、自然の種の保存、そして文化の保存を目標としているのである。生殖以外でも病気の場合には機械的、生物学的な治療方法は極力用いないことが「ノア」でのルールなのだ。
 しかしその制約下で、確実に子孫を残す必要がある。その子孫は、抜きんでた性質を持ってはならないので、やはり人工受精と遺伝子操作を繰り返すこととなった。これにより人口も七十人から百人の間に保たれるという計画だ。

 野丸が期待していたカップリングの実態はこれだ。決して自由恋愛ではなく、事前の遺伝子チェックを元にした指令による。彼はタイから来た女性との間に子をもうけることになった。例の北朝鮮の彼女でなく少しほっとしたが、容姿はキムちゃんの方が好みだった。
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