第26話再び

文字数 1,383文字

「今、お茶持ってくるから座って待ってて」

 アイノは通されたリビングのソファに腰掛け、何となく視線を動かす。壁には太陽と月をモチーフにした可愛い時計が掛けてあった。

「お待たせ。大したものが無くて悪いけど、良かったら」

 遼太郎はトレーにお茶のグラスと数種類の菓子類を運んでリビングに現れた。

 お茶を飲みながらも、最初は無言だった2人もポツリポツリと会話を始める。

「あの時計、前からあったよね」 

 アイノが壁の時計を指す。

「よく覚えてるね。小学生の時に数回見ただけなのに」

「デザインが可愛いから印象的だったの」

 アイノは小学生の時に、この家に上がった事がある。交友があればお互いの家で遊ぶ事もあった。その時に見たのを覚えていたらしい。

 その後の会話は、昔ばなしになったり先日の激辛カレーになったりと盛り上がりを見せた。

「それでね。ユニちゃんが――」

 その瞬間、またしても雷鳴が響いた。

 ドンッ、という爆発とも思える轟音がアイノに恐怖を与えた。

 悲鳴すらも上げられぬまま、耳を塞ぎ硬直する。視線は床に固定され、うっすらと涙も浮かべている。

「まだ雨は止まないね」

 遼太郎が窓を見ると、水滴が窓を覆っていた。

 通り雨だと思っていたが、どうやら違ったらしい。時間も18時を迎えそうだ。

「どうする? 送っていこうか?」

 悩んでいたアイノだったが、雨も雷も止まないのであれば、今でも5分後でも変わらないし、家に帰るのが遅くなるだけだった。




 雨が降る中、2人は傘をさして歩いていた。先ほどの続きとばかりに会話が盛り上がり、そして、あっという間にアイノの家に着く。

「じゃあね」

 玄関先で別れを告げた遼太に、アイノは一瞬だけ視線を泳がせた後、意を決したように言葉を紡ぐ。

「あの、良かったら連絡先、交換しない? 知ってたら色々便利だと思うし」

「う、うん。そうだね」

 お互いにぎこちなく携帯電話を取り出し、連絡先を好感した。

 何とも言えない気恥ずかしさがあったものの、無事に連絡先を交換して別れようとした時、遼太郎が気付いた。

 玄関の扉がわずかに開いている。そしてアイノの母親と目が合った。

 口元には笑みを浮かべており、温かな視線を送ってきている。

「鳴海君、どうしたの?」

 玄関に背を向けているアイノは、遼太郎の視線の先が自宅の玄関に向いている事に気付き、ハッと振り返る。

「ちょッ、お母さん! なんでまた居るの!?」

「家の前だからに決まってるでしょ?」

 その言葉と共に笑みは濃くなる。

「折角だから、鳴海君も夕ご飯食べて言ってもらいましょうよ」

 それは、色々と話を聞きたいという本音を隠すための方便。夕飯に招待し、逃げ場を無くしてからゆっくりと話を聞く作戦だ。

 アイノは自分の親がどういう意図を持っているのかを察していた。このままでは自分も恥ずかしい思いをするし、遼太郎にも迷惑が掛かる。

「いきなりじゃ鳴海君も落ち着かないよ。小学生の時じゃないんだから」

「でも、わざわざ娘を家まで送り届けてくれたのに、ロクなお礼もしないで返すのは親として悪いと思うのよ」

 そんなやり取りが続いた結果、遼太郎はアイノの家で夕食をご馳走になる事になった。
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