第5話 スランプ
文字数 1,519文字
「おいしかった。ミラ?」
「もちろん。相変わらず美味しいわよ、ギンコ」
5年ほど前からの常連であるミラは、ギンコと仲が良いようで、暇なときは話すことが多い。
「で、最近はどうなの?」
ギンコが何気ない話題を出す。
「どうって言われたら、悪いかな」
「仕事? プライベート?」
「両方」
「悪いものは一気にくるからねぇ」
その会話に興味を示すことなく、遼太郎は溜まった皿を洗い続ける。
「仕事のほうは、全然いいアイディアが思い浮かばないのよねぇ」
ミラの愚痴が始まる。
「これだッ! っていう形が見えてこないのよ。どうやったら可愛く見えるかっていうノウハウはあるんだけど、平凡なものが出来上がるの」
彼女の仕事は女性用の衣類のデザイナー。それは人間用では無く、ラミア、ハーピーを初めとする、人以外の下着や服をデザインすることに重きを置いていた。
ラミアは下半身が蛇。ハーピーには手の代わりに大きな翼。妖狐には尻尾。と、人間とは大きく異なる部分がある。
今までは、人間用のものを改造しているものが多かった。故に可愛さよりも実用性などが先行し、ダサいか高額なものが多いのが現状だっ
た。
しかし、ミラというラミアがその考え方を否定した。自身でブランドを立ち上げ、社長業をしつつデザイナーとしても活躍しだした。
そこからは右肩上がり。
値段は安いものから、程々のものまで。つまり、ターゲットとなる年齢層を絞らないことで、可愛いくオシャレな下着を誰でも買える世の中に変えた人物だった。
「それに、社員のやる気もチョット足りないような気もするのよね。私が言えることじゃないけど、ときめきが足りないのよ」
普段なら気にもならない社員の態度。自分もスランプが故に、敏感に感じ取ってしまっていた。
ため息が漏れる。
「それで、プライベートは?」
ギンコが心配そうに聞いているが、皿を洗っている遼太郎だけは、店長の尻尾がユラユラと忙しなく動いていることで、心配よりも好奇心が勝っていること気づいていた。
「彼氏と別れた」
「それは重い話ね」
「仕事が上手くいかない不安やストレスが影響したのよ。話しかけられても、ため息ばかり吐いていたし感じも悪かったの。だから、一昨日フラれたわ。唯一の救いはお互いが大人の対応が出来たってことかしらね」
「お互いに納得の末、ってこと?」
「そう。怒鳴りあうこともなく、至って平和だったわね」
洗い物が終わった遼太郎は、食器を乾燥機にかけ、客席のテーブルの拭き掃除を始める。
「しばらくは独りを満喫?」
「それが、そうともいかないのよね。私の考えたデザインって、どれも恋人がいた時に思いついたものなの。好きな男に見てもらいたい、っていう思いから生まれてたからね」
なかなかに難しい問題らしい。
「彼氏、じゃない。元彼氏は人間だっけ?」
昨今、人間だの魔族だのと拘る者は多くない。全員が己の好きな相手と交際し、結婚も普通になりつつある。しかし、種族が違えば習慣が違う。一定の住居を持たない者もいれば、1日の大半を水中で暮らす者もいる。そこの折り合いがつかず、破局や離婚も多い事も事実だった。
「智くんは、ラミアにも理解ある素敵な男性だったわ。尻尾の鱗の手入れを手伝ってくれたり、脱皮の手伝いもしてくれたの。優しく時間をかけて……」
そんな会話を後ろに聞きながら、遼太郎はテーブルを拭き続ける。
その瞬間、ぞくりと背筋が凍った。風邪の時などに感じる悪寒ではなく、明確に何かに狙われているような、狩る者の視線を感じた。
「もちろん。相変わらず美味しいわよ、ギンコ」
5年ほど前からの常連であるミラは、ギンコと仲が良いようで、暇なときは話すことが多い。
「で、最近はどうなの?」
ギンコが何気ない話題を出す。
「どうって言われたら、悪いかな」
「仕事? プライベート?」
「両方」
「悪いものは一気にくるからねぇ」
その会話に興味を示すことなく、遼太郎は溜まった皿を洗い続ける。
「仕事のほうは、全然いいアイディアが思い浮かばないのよねぇ」
ミラの愚痴が始まる。
「これだッ! っていう形が見えてこないのよ。どうやったら可愛く見えるかっていうノウハウはあるんだけど、平凡なものが出来上がるの」
彼女の仕事は女性用の衣類のデザイナー。それは人間用では無く、ラミア、ハーピーを初めとする、人以外の下着や服をデザインすることに重きを置いていた。
ラミアは下半身が蛇。ハーピーには手の代わりに大きな翼。妖狐には尻尾。と、人間とは大きく異なる部分がある。
今までは、人間用のものを改造しているものが多かった。故に可愛さよりも実用性などが先行し、ダサいか高額なものが多いのが現状だっ
た。
しかし、ミラというラミアがその考え方を否定した。自身でブランドを立ち上げ、社長業をしつつデザイナーとしても活躍しだした。
そこからは右肩上がり。
値段は安いものから、程々のものまで。つまり、ターゲットとなる年齢層を絞らないことで、可愛いくオシャレな下着を誰でも買える世の中に変えた人物だった。
「それに、社員のやる気もチョット足りないような気もするのよね。私が言えることじゃないけど、ときめきが足りないのよ」
普段なら気にもならない社員の態度。自分もスランプが故に、敏感に感じ取ってしまっていた。
ため息が漏れる。
「それで、プライベートは?」
ギンコが心配そうに聞いているが、皿を洗っている遼太郎だけは、店長の尻尾がユラユラと忙しなく動いていることで、心配よりも好奇心が勝っていること気づいていた。
「彼氏と別れた」
「それは重い話ね」
「仕事が上手くいかない不安やストレスが影響したのよ。話しかけられても、ため息ばかり吐いていたし感じも悪かったの。だから、一昨日フラれたわ。唯一の救いはお互いが大人の対応が出来たってことかしらね」
「お互いに納得の末、ってこと?」
「そう。怒鳴りあうこともなく、至って平和だったわね」
洗い物が終わった遼太郎は、食器を乾燥機にかけ、客席のテーブルの拭き掃除を始める。
「しばらくは独りを満喫?」
「それが、そうともいかないのよね。私の考えたデザインって、どれも恋人がいた時に思いついたものなの。好きな男に見てもらいたい、っていう思いから生まれてたからね」
なかなかに難しい問題らしい。
「彼氏、じゃない。元彼氏は人間だっけ?」
昨今、人間だの魔族だのと拘る者は多くない。全員が己の好きな相手と交際し、結婚も普通になりつつある。しかし、種族が違えば習慣が違う。一定の住居を持たない者もいれば、1日の大半を水中で暮らす者もいる。そこの折り合いがつかず、破局や離婚も多い事も事実だった。
「智くんは、ラミアにも理解ある素敵な男性だったわ。尻尾の鱗の手入れを手伝ってくれたり、脱皮の手伝いもしてくれたの。優しく時間をかけて……」
そんな会話を後ろに聞きながら、遼太郎はテーブルを拭き続ける。
その瞬間、ぞくりと背筋が凍った。風邪の時などに感じる悪寒ではなく、明確に何かに狙われているような、狩る者の視線を感じた。