第32話試験終了

文字数 1,978文字

時間は経ち試験当日、朝から独特の雰囲気が教室を埋めていた。

 その空間には遼太郎の姿もあり、ノートを目で追っている。

 幾人かのクラスメイトは、遼太郎が学校に来ている事を噂しているが、本人は気にしていなかった。

 試験が始まり、シャーペンの軽快な音だけが響く。

 試験が1つ終わり2つ終わる。その度にやりきった溜息と無念の溜息が混ざる。

 その日最期の試験が終わると、数人はさっさと帰宅を開始し、その中に遼太郎の姿もあった。

 荷物をまとめていたアイノは、後ろの席から肩を叩かれる。

「ねぇ、この後どっか行かない? カラオケとか」

「なんでそんな余裕なの? 今日は初日だよ」

 試験は三日間も続くというのに、後ろの席の友人がそんな誘いをし始めたので、呆れの視線を向ける。

 モノアイである彼女の視線は人一倍強いらしく、何を言いたいのかを雄弁に語っていた。

「…………。帰って勉強しよう」

「それが良いよ」

 そう言ってアイノは席を立ち、学校を後にする。

 少しだけ早足で廊下を歩き、階段を降りる。そして校門をくぐったところで、遼太郎を見つけた。

「お疲れ様」

 後ろから声をかけると、遼太郎は振り向いた。

「アイノさん。お疲れ様」

「テストどうだった?」

「マル秘ノートが無かったら、半分も回答を埋められなかったと思う」

 しみじみと呟く遼太郎。それほどまでにアイノのノートは完成度が高かった。

 2人で歩きながら駅に向かう。そして駅の改札に近づいた時にアイノがパスケースを出し、遼太郎に見せた。

「早速使わせてもらってるの」

「そっか、ありがとう」

 送ったものを使ってもらえるのは嬉しい。

 電車を待っているときも車内でも、勉強の話などで盛り上がった。

 そして、試験は2日目、最終日の3日目と続き、最後の科目を終えるとクラス中から溜息が溢れた。

 昼前に終了した事で、クラスの中心ではこの後カラオケでも行こうかという話題が出ており、行く人を募っている。が、やはり遼太郎には関係ない。あらかじめ、今日からアルバイトのシフトを再開しているので、労働に精を出すつもりだった。

 校舎を出て、ランチタイムに間に合うように急いで銀の稲穂へと向かう。

「おはようございます」

 店の裏口にあたる厨房のドアを開け、挨拶する。

「あら、久しぶり」

 ギンコは包丁を扱いがら笑顔を向ける。その間にも手元は止めることなく食材は小さくなってゆく。

「直ぐに準備してきます」

「よろしくー」

 流石に厨房から入るわけにもいかないので、別の入り口からロッカーへと向かい、エプロンを付ける。

 手を洗い、厨房に入ると早速ギンコからの指示が来た。野菜を洗ったり煮込んだり。

「やっぱり人手があると楽ねぇ」

 尻尾カバーのついたギンコの尾が揺れる。

「試験の鬱憤をバイトで発散します」

 ギンコはうふふ、と笑いながらも興味は別にあった。

「それで、同級生の子、アイノちゃんにはお礼渡したの?」

「きちんと渡しましたよ。選ぶのに苦労はしましたけど」

 パスケースにしようと決めたものの、カラーバリエーションが豊富だったことで30分ほど悩んだ末、アイノの瞳と同じ紫色に決めた。

 どことなく気障な発想かと思ったが、それ以外に考えられなかった。

「渡せたのなら良かったわね」

 そんな話をしているうちにランチタイムとなり、遼太郎にとって久しぶりの戦場がやって来た。

 たった数日。ブランクなどという言葉は当てはまるはずも無く、目の回る忙しさをこなし、静寂がやって来た。

 汚れた食器を洗い、無くなった料理を補充する。

 すると、ドアベルが鳴った。対応するのはアルバイトの遼太郎。厨房から飛び出すとそこにはアイノが立っていた。

「いらっしゃいませ。……アレ? カラオケは?」

 その疑問に、戸惑ったようなそぶりを見せた彼女だったが、

「何か、やっぱり皆も疲れてたらしくて、早めに解散したの。それで、お昼ごはんを食べようかと思って」

 その言葉を何故か早口で告げた。

 それに対し、何の疑問を差し挟む事無く遼太郎は頷いた。

「そっか。丁度ランチタイムも終わったから、ゆっくりしていって」

 2人のやり取りを、厨房からキツネ耳を(そばだ)てながら聞いていたギンコは、身もだえしたい気持ちを抑える。

「やっぱり若い子の恋愛ってキュンキュンするわねぇ」

 きっと、彼女は嘘を吐いているであろう事も見破りながら、満足そうに微笑み、若人の青春を思うギンコであった。

                                                         了
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