【event01】第一の殺戮

文字数 1,273文字

 まどろんでいた。

 眠りのない世界に順応させられ睡魔は訪れないだろう、と予想していたけど。
 けっして、そうではなかった。

 意識はある。思考がぐちゃぐちゃに溶けて、外の闇に同化するような浮遊感に包まれている。
 今まで生きていて、まどろむ、という表現がこれほどしっくりきた感覚はなかったろう。
 室内は煌々として明るい。永久供給式エネルギーとやらのおかげで、停電などの心配はなさそうだ。

 ファンファンファン……

 それは不穏な警告音だった。
 館内中に響くサイレンで、深海に漂っていたような僕のまどろみは破られた。
 伏せていた机から身を起こす。
 一体何の音だろう?
 おぼろげな恐怖と好奇心とが僕に行動を起こさせる。

 廊下に出ると、天井にはめ込まれたライトが橙色に点滅していた。
 階段ホールで、槇村ナナオがそれを見上げている。

「何かあったんでしょうか?」
「さあ……」

 ナナオは首をひねる。
 並ぶと彼のほうが、十センチほど身長が高い。全体的に造作は整っているが、どこかぼんやりしたような顔立ちだ。

「この音は?」
「火災報知器だと思う」

 火災報知器、だなんて。
 近未来的な設定に似つかわしくないな、と思ったのは後のことである。
 僕とナナオは、階段ホールから一階に下りる。
 警報音はさらに大きくなった。発信源に近づいているのが分かり、緊張が高まる。

「なんだ……この匂い?」

 ナナオが日に焼けた頬をかく。
 焼け焦げたような刺激臭。生理的に受け付けない悪臭がフロア全体に漂っている。

 展示室を足早に横切り、エントランスホールに辿りついた。
 ウォータースクリーンの涼やかな水音と混じり、スプリンクラーが作動がしている音。出入り口周辺に人が集まっていた。

「ナナオくん……」

 僕らに気付き、コスモックル多羅が振り返る。
 ジェントルマン男爵、シスター、ファム少年、そして烈歌老師――彼らが取り囲む中央に、何者かが倒れていた。

「ッ!!?」

 それはあまりに――奇妙で、不可解で、醜悪で。
 絶対的な存在感で、僕を圧倒し、絶望させた。要塞を目の当たりにしたときの衝撃と似ている。

「あ……あ、ああ」

 ナナオが掠れた呻きをもらす。

 水滝の傍に、濡れそぼった華奢な肢体が横たわっていた。
 スプリンクラーの冷たいシャワーを浴び続ける、その身体は、服や皮膚のところどころが焼け焦げている。そして、首から(、、、)上がなかった(、、、、、、)
 赤黒い肉と白い骨の切断面があらわになっている。したたり落ちる血をシャワーが粛々と洗い流していく。

「きゃ……ッ!」

 背後で誰かが崩れ落ちる音がした。
 僕らの後を追って来たらしい、惨状を目の当たりにしたミセスローズが倒れたのだ。シスターとコスモックル多羅が、妊婦の貴婦人に駆け寄る。

 こうして死体の身元は、消去法で明らかになった――ここにいない、唯一の不在の人物。
 焼け焦げて頭部を持ち去られた死体は、槙村クレルだった。
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