第一話 人たらしの設楽くん

文字数 1,868文字

 人たらし。
 男たらしでも、女たらしでもない。『人』たらしである。

 初めて呼ばれたのは、小学六年生のときだった。
 当時、六年一組は学活の議長を毎回くじ引きで決めるシステムを採用していた。そして、アタリを引いた子は例外なく「うえっ!」と顔をしかめる。
 荒れたクラスではなかったが、それぞれの個性と主張が強く、スムーズに意見がまとまることなど、まず無かった。授業終了のチャイムが鳴って、議長の泣きが入り、担任教師が重い腰を上げる。
 そんな空しいルーティンワークが繰り返されていた。

 それがどういうわけか――僕が議長に当たった学活は、例外なく時間内に決めごとが出来たのである。一体どんな工夫をしていたのか、今の僕も知りたいくらいだが、なぜだか思い出せない。空白のように抜け落ちている。
 唯一憶えているのは、学活が終わるたび担任がかけてきた、

設楽(したら)くん、人たらしやな。豊臣秀吉みたいや」

 やわらかなイントネーションの台詞。これだけ。
 しかしながら、当時の僕は「?」だ。(たら)すって、聞くからに悪いイメージだし、なんで豊臣秀吉だよ織田信長のほうがカッコいいのになどと腐っていた。
 愛読の歴史漫画では大抵、秀吉は信長に「サル」って呼ばれてたし。
 僕も、大きく特徴的な耳といい、鼻と口の間隔が長いところいい、自他ともに認めるサル顔だ。秀吉みたい、と言われ、面白いわけがない。ふざんけんなである。

 でも、ずっと気にはなっていた。人たらしってなんだよ――? でも、わざわざ調べるまでには至らない情熱不足。そういうことは往々にしてある。
 しかし転機はおとずれる。
 中学の情報リテラシーの授業で「興味のあることを調べてみよう!」とアバウトな課題が出た。 好奇心旺盛な中学生がやんちゃをしないようにセーフサーチがきっちり設定されたポータルサイトで、ここぞとばかりに検索してみたのだ。
〈豊臣秀吉〉〈人たらし〉と。
 トップに表示された記事に目が止まった。ちなみに、これはプリントアウトして今も大事にしまってある。


※ ※ ※


~希代の人たらし、豊臣秀吉~

 戦国武将のなかで、最も「人たらし」といえば、豊臣秀吉でしょう。
 冬の寒い日に、主君である織田信長の草履(ぞうり)を懐で温めた、というエピソードはよく知られていますが、秀吉は上司に仕える才能だけでなく、「人材を見抜く」ことにも優れていました。
 竹中半兵衛、黒田官兵衛、石田三成などの優秀な人物の心をつかみ、前人未到の天下統一を成し遂げたのです。
 人の心をつかむ才能――【人心掌握(しょうあく)術】に()けていれば、現代でも非常に有益です。
 人たらしは、物事を有利に進めることができますし、何よりも人から好かれるので人生を楽しく過ごせるのです。人たらしはそうでない人と比べ、人生を得している、ともいえるでしょう。


※ ※ ※


 人たらし、悪い意味じゃなかったのか……。
 まずはそれが意外だった。良い意味で使われるようになったのも、秀吉が由来(ゆらい)らしい。さらに興味を引いたのは、秀吉が百姓出身だったこと。
 なぜなら、僕んちも米農家。
 実は、友達のお父さんは会社勤めなのにどうしてウチは農家なんだよ、と昔から(ひが)んでいたが、これには心が浮き立った。

 百姓出身が天下人。ならば、農家出身が国のトップ――内閣総理大臣になったっておかしくない。
 そして、秀吉の幼名は「日吉丸(ひよしまる)」(作者注:諸説あり)。僕の名前はキヨシ。
 日吉とキヨシ。似ている。ローマ字に換えれば、Hiyosiとkiyosi。八割以上の的中率。ほぼ同一といって良いだろう。
 もはや運命しか感じなかった。共通点が多すぎる。
 自分が豊臣秀吉の生まれ変わり、と純真な中学生が信じるには十分だった。

 これをきっかけに、どこか卑屈(ひくつ)だった僕は生まれ変わる。
 あらゆる局面で、「秀吉だったらどうする?」と逐一(ちくいち)考え、行動してきた。
 やたらと威張りちらす上級生には、彼の良いところを見出し褒めたたえ上手く懐柔(かいじゅう)したし、やたらとビクビクしている下級生が実はキレやすい、という危険性をいち早く察し、心を宥めてやり、僕に心酔(しんすい)させた。他にも功績のエピソードは枚挙(まいきょ)(いとま)がない。


 そんな僕を周りの人間たちは、こう呼ぶ。――人たらしの設楽くん、と。
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