エピローグ 光と陰

文字数 5,475文字

 王城の謁見の間。玉座(・・)に座る私の前には、何人かの人物が跪いて臣下の礼を取っている。私は彼等に声を掛けた。

「よくおいで下さいました。ルトナーク伯爵、タイソン子爵、それにラブレス子爵……。皆さんがロマリオンの占領下の中で命脈を保っていてくれ、そして今またこうして王国の元に馳せ参じてくれた事、とてもうれしく思います」

 3人の内、先頭に跪いていたルトナーク伯爵が代表して挨拶する。

「大きな貴族は軒並みロマリオンに粛清されましたが、我等は何とか連中の目を掻い潜り雌伏しておりました。いつか必ず……エレシエルが甦る事を信じて……! そして遂にこの日が……。カサンドラ王女殿下……いえ、カサンドラ女王陛下(・・・・)。我等一同、これまでと変わらぬ忠誠を陛下と王国に誓います」

「皆の献身、誠に嬉しく思います。新生エレシエル王国はまだまだ人材が不足しており、皆の力は必要不可欠になります。これから大変ですが、共にこの国を復興させていきましょう」

 3人の貴族は一層深く平伏した。

「ははぁっ! ありがたきお言葉! 粉骨砕身、陛下と王国の為に尽くす所存でございます!」


****


「ふぅ……今日の分はこれで終わりかしら? 全く……いつまで続くのかしら、これ?」

 ルトナーク伯爵らが謁見の間から退場したのを見届けて、私は詰めていた息を大きく吐き出して玉座にもたれかかった。

 この所連日のようにああした謁見を繰り返していたので、少し疲れてしまっていた。

「それは仕方ありません、陛下。貴女はこの国の民や貴族達全ての希望なのですから。本当は陛下にお目にかかりたいという者達が列を成しているのですが、これでも私達の方である程度調整しているのですよ?」

 玉座の隣に立つ(・・・・・・・)サイラスが苦笑しながら諫言する。私はそれを聞いて少し顔をしかめた。

「……本当に、ロマリオンの占領下でよくこれだけの貴族が残っていたものだと正直驚いてるわ」

「全くです。しかしこれは我等にとって嬉しい誤算です。やはり国を復興、運営していくのにはどうしても彼等の力が必要になってきますから。領地経営のノウハウもありますし、一から人材を育成する手間を考えたら、彼等の復帰は非常にありがたい話ですよ」

 サイラスの言葉に私も不承不承頷く。

「解ってるわよ。だからこうして連日頑張ってるんじゃない……」

 口を尖らせる私にサイラスはまた苦笑する。

「……まあ本日の謁見は今ので最後ですから、この後はどうかごゆるりとお休み下さい」

「あら、そうだったのね! ふふ、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうかしら。……ねぇ、サイラス? あなただってこの所ずっと働き詰めでしょう? あなたにも休息が必要よね?」

 私がちょっと悪戯っぽい目でサイラスを見上げると、彼は困ったように目を逸らした。

「ああ、いえ、私は……これからジェラール達と国境での防衛線についての会議が……」

「駄目。今日はキャンセルして」

「へ、陛下……」

「もうニ週間以上、ご無沙汰(・・・・)じゃない! もうこれ以上我慢出来ないわ! 最近はあなたのその他人行儀な口調と呼び方ばっかり耳慣れちゃって……。あなたが私のことカサンドラって呼んでくれたの、いつが最後だったかしら?」

「そ、それは仕方ありませんよ、陛下。貴女は今や女王陛下なのですから……」

「ええ、そうよ。私は女王。でも同時に1人の女でもあるのよ? いつもだなんて言わないわ。たまにでいいのよ。私室で2人きりの時だけでも、あのフォラビアにいた【隷姫】カサンドラと【烈風剣】のサイラスの関係に戻りたいのよ。それだけで私……きっと頑張れるわ」

「……っ!」
 サイラスはハッとしたように私の顔を見た。それから一度目を閉じて、またゆっくりと開いた。


 そこには……私がフォラビアで出会った頃のサイラスがいた。

「解りました……いや、解った、カサンドラ(・・・・・)。今日は()の為に他の予定は全部キャンセルだ。ジェラール達には人をやって報せておく」

「……! サイラス、ありがとうございます(・・・・・)!」

 私は喜びの余り、玉座から立ち上がってサイラスに抱きついていた。どうせ今日の謁見は全て終わりで、他に人は居なかった。構うものか。

 今私達はハイランズの王宮ではなく、フォラビアの大闘技場の中にいた。

「ふふ、それじゃ君の部屋に行こうか。君自身も言ってたが、二週間以上ご無沙汰で、実は私も大分溜まっていたんだ。今日は君をずっと離さないよ?」

「はい……! 私も絶対に離しません! うふふふ」

 そうして私はサイラスと連れ立って、私室へと引き篭もるのであった……


****


 あの「運命の日」以降……フォラビアを出てエレシエルの領内に久方ぶりに戻った私は、その荒廃ぶりにショックを受けた。

 しかし連合軍の協力の元、エレシエル領内の各都市を『解放』していくと、私が存命である事を大体的に喧伝していた事もあって、次々と雌伏していたエレシエルの小貴族達や、ロマリオン占領下で苦しい生活を強いられていた民衆たちが決起して、私達の元に集ってきた。

 そしていつしか相当な規模にまで膨れ上がっていた『エレシエル解放軍』は、遂に王都ハイランズから帝国軍を追い出す事に成功。私は故郷へと凱旋を果たしたのであった。

 勿論その間ロマリオン軍が黙って見ていたはずがない。にも関わらずこれ程迅速に事が運んだ背景には、私達が確保していた『切り札』の存在があった。


 即ち、ロマリオン皇女にして唯一の女系であるクリームヒルトの存在が。


 コーネリアスお兄様に扮していたアルバートは、無敵の英雄シグルドの『弱点』として、そしてその後のロマリオンへの『牽制材料』として、最初からクリームヒルトを狙っていたのだった。

 密偵などからクリームヒルトの私への感情を聞いていたアルバートは、フォラビアで活躍を続ける私の噂がクリームヒルトの耳に入るように、密偵を使ってわざと帝都で噂を流布させた。

 案の定不愉快な思いに囚われたクリームヒルトは、早く私を処刑させようと直々にフォラビアまで出向いたのであった。

 アルバートの策略は見事に功を奏し、私達はこうしてその恩恵に預かっている。

 今でも彼の事を思い出すと胸が痛む。私はサイラスにも許可を取って、このハイランズの一等墓地にアルバートを国葬する事となった。


 またヴィクトールやヨーンら私に協力してくれた剣闘士達は、私から提案する形で新生エレシエル王国に移籍してもらった。

 彼等の協力に報いたい気持ちも当然あったし、私としても気心の知れた彼等が側に付いてくれれば何かと心強かった。

 大闘技場が壊滅し職を失った上、私に協力してくれた事でロマリオンからは確実に捕縛や処刑の対象になってしまうはずだ。選択の余地が無かった事も手伝ってか、彼等は全員が私の誘いに応じてくれた。

 唯一ロマリオンの将軍の養子であるミケーレだけは親元へ帰る事を勧めたのだが、どうも余り良好な親子関係という訳でもなく、ミケーレを闘技場で活躍させて自分の名前を売る事だけがヴァルガス将軍の目的だったらしい。

 ミケーレ自身の希望で、彼はヴァルガス将軍と絶縁し、私達に付いてきてくれる事を選択した。


 彼等はいずれも百戦錬磨の戦士であり、戦争に敗れ武官の数が足りていなかった新生エレシエル王国にとってはありがたい存在となった。

 いずれもう少し軍としての体裁が整ってきたら、彼等には領地と共に将軍としての地位を与えたいと思っている。

 またサイラスは勿論だが、ジェラールとブロルに関しては、軍事だけでなく政務や外交の方面でも力を発揮してくれており、思わぬ拾い物となった。彼等にも近い内に相応しい役職を与えなければならないだろう。

 因みにサイラスは落ち着いたらイーストフィールド公爵として正式に認知、周知される予定だ。そして同時に……私との婚姻(・・)も……!

 これが現在の私達……そして新生エレシエル王国を取り巻く現状であった。


****


 それからしばらくの後……

 謁見の間。玉座に座る私の前に1人の()が、恥辱と屈辱に顔を火照らせながら立ち尽くしていた。

「く……うぅぅ……!」

 女は周囲に並び立つ王国の臣下や将軍たち……即ち元剣闘士の面々の視線を一身に浴びて、増々羞恥に顔を赤らめる。

「ひゅぅぅっ! 姫さん……あ、いや、女王様のコスチュームもかなり際どかったけど、こりゃ全然それに負けてねぇなぁ?」

 レイバンが口笛を吹いて揶揄する。ルーベンスも顎髭を撫でながら同意する。

「全くだ。外見だけ(・・)なら、すこぶるいい女だからな」

「ふん、だが筋肉が足りんな。まだ(・・)碌に鍛えていないのだから当然だが」

 ヴィクトールが女の姿を見ながら鼻を鳴らす。その女をここまで連れてきて、今も監視するように後ろに立つジェラールが私の方を見た。

「陛下。ご命令(・・)通り連れてきました。また衣装(・・)の方も陛下のご希望(・・・・・・)に沿うよう、私の方で見繕わせて頂きましたが如何でしょうか?」

 そのジェラールの言葉に私は大きく頷いた。

「素晴らしいわ、ジェラール。よくやってくれたわ! ……さて、いつぞやとは立場が逆転したわね、クリームヒルト(・・・・・・・)?」

「……ッ!!」
 私の問いに、目の前の女――クリームヒルトは、今度は一転して顔を青ざめさせる。


 彼女の今の姿は勿論豪奢なドレス姿ではなく、私の希望によって、僅かに胸と腰を覆うだけの真っ黒い金属の部分鎧、同色の小さな肩当て、腕当て、そして膝下までの鉄靴という衣装となっていた。

 それ以外に一切衣類や装飾の類いを身に付けていない、胸元やお腹、太ももや二の腕を大胆に露出した、極めて卑猥な『鎧』姿であった。

 レイバン達の言う通りその黒く小さな『鎧』は、北方人種特有の真っ白い肌とポニーテールに束ねた長い銀髪を、対照的なコントラストとなって浮かび上がらせ良く映えていた。

 これは……不本意(・・・)ながら、新設された『エレシエル大闘技場(・・・・・・・・・)』の目玉となる事は間違いなさそうだ。


「気分はどう? あなたはこれから最底辺の闘士として、私の闘技場を盛り立てる為に、その衣装で戦ってもらうわよ?」

「う……あ……」

 青ざめたまま言葉を詰まらせるクリームヒルト。私はその姿を楽しそうに眺める。

 エレシエルでもロマリオンほど盛んではないが、主に騎士や傭兵たちがその武技を競い合う、競技としての剣闘は存在していた。

 私はそこにファラビアでのシステムを一部取り入れた新しい闘技場を、王都の外の平野に新たに建設していた。

 何と言っても有力な武官の殆どが元剣闘士という我が軍である。国威高揚には剣闘はうってつけだ。ただしロマリオンのように奴隷を用いて強制的な試合を行う事はしない。フォラビアでの上位の剣闘士達がそうであったように、あくまで競技としての剣闘だ。

 そしてその唯一の例外(・・)が目の前の女という訳だ。

 憎きロマリオンの象徴とも言える皇女が、卑猥な姿で最底辺の試合を必死に戦う……。その姿はエレシエルの貴族や国民達にとっては最高の溜飲となる事だろう。


 大事な人質であったクリームヒルトだが、既に我が軍も大分体裁が整ってきた上に、少国家群も今までのロマリオンの締め付けから来る悪感情で、軒並みエレシエルの味方である。

 英雄シグルド亡き今の帝国であれば、既に互角以上に戦える条件が整いつつあった。つまりもう目の前の女をそこまで大切に扱う理由が無いのだ。

 ならば精々国民の慰撫、慰労の役に立ってもらおうと私は考えた。……勿論ガレノスやフォラビアでの体験の意趣返し的な感情が多分にあった事は否定しないが。


 私は横に立つサイラスを仰ぎ見た。

「サイラス。今のこの女でも戦えそうな相手は?」

「そうですね……。まずは(・・・)脅威度レベル1の一角兎(ホーンラビット)牙鼠(ファングラット)辺りが妥当では?」

「……っ!」

 サイラスの答えにクリームヒルトの顔が増々白くなる。私はニンマリと笑った。

「ふふふ……じゃあそれで行きましょう。ジェラール、その女の訓練はあなたに一任するわ。その女が簡単に負けたりしないように、しっかり鍛えてあげなさい」

「はっ……」
 ジェラールが一礼する。

「ふふふ、もしそれらの魔物に勝てるようだったら、徐々に上のランクの魔物を当てていくようにしましょう。どこまで行けるか見物ね?」

「……ッ! この……地獄の女悪魔っ!! 絶対に殺してやる……!」

 クリームヒルトが憎しみに満ちた目で私を見上げる。ああ……私もかつてシグルドにこんな目を向けていたのだ。シグルドも今の私のような楽しさ(・・・)を感じていたのだろうか?

 きっとそうに違いない。私は哀れな弱者を見下す視線でクリームヒルトを見た。

「楽しみにしているわ。国威高揚の為に、私自身も定期的に試合に出る事にしたの。だから……いつか私の元に辿り着けるように頑張る事ね」

「……見てなさい。絶対に生き延びてお前を殺してやるわ」

 そうしてクリームヒルトはジェラールに連れられて退室していった。これからのあの女の運命は、あの女自身の努力と悪運とに掛かっているだろう。


「さあ、この話はここまでよ。それじゃ、帝国の動きについての報告を聞かせて頂戴」

 私は気持ちを切り替えて次の議題に話を移していく。ブロルが進み出てきて報告する。私はその報告を聞きながら、今までの、そしてこれからの私が辿るであろう人生に思いを馳せるのであった……


****


 後に強烈な復讐心と自尊心を糧に生き延び成長したクリームヒルトは、【英雄殺し】のカサンドラに戦いを挑む。金と銀、白と黒の2人の王女の戦いと確執は、この後も大陸中で語り草となっていくのだが、それはまた、別の話…………



Fin
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