第18話 少国家連合集結!

文字数 5,989文字

 大陸の二大国に属さない中立の少国家7ヶ国……。大陸中央部で二大国に東西に分断されているという地理的条件の為に7つの国全てが集まるという事は、歴史上ほぼ皆無であった。

 だが……エレシエルが滅び、次は自分達の番だという危機感が強まった事、そしてレイオット公国で発生したとある重大な事件が切欠となって、大陸の歴史上稀に見る快挙が実現していた。


 場所は事件の起きたレイオット公国。その街の奥にある城の謁見の間。今この場にはレイオットを始め、7ヶ国全ての関係者が揃い踏みしていた。


 玉座にはレイオット公国の公王、バージル・レイオット。そしてホールの左右にはそれぞれ3人ずつ並ぶようにして6人の人物が立っていた。

 他の小国家群……ハーティア、アマル、ラストーン、ガンドリオ、ベレト、コリピサの6ヶ国からそれぞれ送られてきた代表者の面々である。因みにいずれも国王や公王、国家長といった元首ではない。

 6ヶ国の国家元首が揃って不在となれば、確実にロマリオンに不信を抱かれる。その為、各国の元首が信頼に足ると認めた使者を、ロマリオンの目を盗むようにしてレイオットに向かわせたのだ。
 
そんな彼等ではあるが……今は異様な緊張感でこの謁見の間の中央、つまり公王の座す玉座から正面に当たる位置にいる一人の人物を注目していた。

 異様な風体ではあった。鎧姿にフードを目深に被り、その顔も仮面のような物で包み隠している。通常、こんな怪しげな風体の者が元首の前まで通される事はまずない。にも関わらずその人物がこの場にいる理由は2つ。

 1つはまさにこの場に7ヶ国の代表が集まる切欠となった事件を起こした人物である事。そしてもう1つは……



「ほ、本当に……コーネリアス殿下、なのですか……?」



 使者の1人、コリピサ共和国の議員が震える声で確認する。その視線は仮面の人物が左手に嵌めた、一角獣(ユニコーン)を象った精緻なブレスレットに注がれている。ユニコーンを象った装飾品は、エレシエルにおいて王族しか身に着ける事を許されない物だ。

 レイオットの公王バージルが重々しく頷いた。

「うむ……儂も俄には信じられなかったが……。この方は間違いなくエレシエル王国第三王子、コーネリアス・エレシエル殿下であられる」

「……!」

 6ヶ国の使者達が息を吞む気配が広がる。バージルによると仮面の男は街中でロマリオンの兵士を殺害した後、騎士に案内されてバージルへの面会に成功していた。男が起こしたのはそれだけ重大な事件だったのだ。

 男はすぐにブレスレットを掲げ、自分の正体がエレシエルの第三王子であるコーネリアスだと明かした。

 このような風体なのは ロマリオンの英雄シグルドの『炎の吐息』によって顔を含む全身に大火傷を負った為。その時の敗戦によって戦死扱いとなっていたが、奇跡的に一命を取り留めた事。そしてどうにか動けるまでに回復した時には、既にエレシエルの王都ハイランズが陥落していた事。

 それらの事情を告げて、それでも尚バージルが自分の素顔を確認したいのであれば、余人のいない場所であれば仮面を外すと提案してきた。

 何かの罠と警戒する臣下達だが、そもそもロマリオンは難癖を付けて力づくでレイオットを併合するのは簡単なのだ。わざわざ自国の兵士を犠牲にしてこんな手の込んだ芝居を行う必要性がない事を理解していたバージルは、その条件を承諾して彼の私室に仮面の男を招いた。そして1時間ほども出てこず、2人で何かを話し込んでいた。

 2人が私室から出てきた時には、男は仮面をかぶり直しており、そしてバージルはこのお方は間違いなくコーネリアス王子であると宣言したのであった。

 そして残りの6ヶ国に急ぎ召集の使者を出すのと同時に、事が露見する前にロマリオンの『大使館』を襲撃し、『大使』を始めとするロマリオンの役人達を一人残らず拘束したのだった。


「…………」


 6ヶ国の使者達は揃って沈黙し、目の前の状況とバージルから聞かされた情報を整理しようとしていた。そんな中、1人の使者が挙手する。

「バージル殿、一つ宜しいか?」

 逞しい肉体を誇る武人肌の男で、ガンドリオ王国からの使者であった。

「何かな、ザナック将軍?」

 バージルに促され、ガンドリオ人――ザナックは中央に佇む『コーネリアス』に鋭い視線を向けた。

「バージル殿を疑う訳ではありませんが、私の方からも一つ確認させて頂きたい。何、簡単な質問です。コーネリアス殿下本人であれば、何ら問題なくお答えできるはずです」

 他の国の使者達から緊張が走る。だがバージルは鷹揚に頷いただけだった。『コーネリアス』も何ら慌てる事無くザナックの方に向き直る。

「それでは失礼。殿下、2年前に共闘させて頂いたノイマール戦役を覚えておいでですな? あの戦で息子を失って失意にあった私に対して、殿下はわざわざ私の天幕を単身訪ねてきて下さり、私にある励ましの言葉を掛けて下さいましたな。あの時の殿下のお言葉で私は正気を取り戻す事ができたのです。失礼ですが、あの時のお言葉をもう一度仰ってみて頂けませんかな? 殿下ご本人であれば容易い事のはずです」

 コーネリアス本人でなければ分り得ない答え。それに対して仮面の男は――

「……まずはこのような声で失礼する、ザナック将軍。シグルドの炎によって身を焼かれた際に喉もやられてしまったようでな……」

 そう前置きした上で話し出す。

「お主に掛けた言葉か……。無論覚えておるとも。あの時はそもそも天幕に入った瞬間に杯を投げつけられたな。息子を……シハラムを失ったのは私のせいだと怒鳴り散らして……」

「……っ!」

 ザナックが息を呑んだ。それは紛れもなく実際にあった出来事だ。現実には自身の用兵の失敗によって息子は死地に取り残され戦死したのだが、それを認められなくて自暴自棄となり、自分達を戦に巻き込んだという理由でコーネリアスに当たってしまったのだ。

「それに対して私はこう言った。シハラムは最後まで勇敢に戦って戦死した。彼の奮戦によって多くの兵士が逃げ延びる事が出来た。お主の息子は、他の何千、何万もの親達の息子を救ったのだと……」

「……!」

「だがお主が腑抜けたままでは、また多くの親達が息子を失う事になろうな。同じガンドリオ人を悲しませる事がお主の望みなのか、と……」

「……ッ! も、もう結構です! あなたがコーネリアス殿下である事をお認めします! わ、私からは以上です……!」

 ザナックが当時の情景を思い出したのか、男泣きしたように涙声になって、慌てて話を切り上げていた。バージルがあごひげを撫でながら他の使者を促す。

「さて、他にも確認したい者はおるかね?」

「で、では、私からも一つだけ……」

 そう言って挙手したのは、ハーティア大公国の第2公女であるエリザベート公女だ。現在19歳。国の政治にも携わり、才女と名高い女性である。

「お、お久しぶりです。コーネリアス殿下。私の事を覚えておいでですか?」

「勿論だとも、エリザベート公女。カサンドラはあなたを姉のように慕って尊敬していたな……」

「……っ。お、恐れ多い事です。その……カサンドラ様が12歳のお誕生日を迎えられた時、私達は密かにある約束をしました。カサンドラ様は後日、それをコーネリアスお兄様にだけは話した、と仰っていました。その内容を仰って頂く事は可能でしょうか?」

 その問いに『コーネリアス』は、少し考え込むような仕草を取ったが、すぐに何かを思い出したように面を上げた。

「うむ……思い出した、エリザベート公女。どちらが先に理想の殿方と結婚できるか賭けをしたのだとか……。そして負けた方は自腹でウェディングドレスを(あつら)えて、勝った方にプレゼントする。結婚式にはそのドレスを着るのだと……」

「……! そ、そう……です。う……く……カ、カサンドラ様……!」

 幼き日の無邪気な約束を思い出し、エリザベートの目から涙が溢れる。もうその約束は永遠に叶う事は無いのだ。

「あ、ありがとう、ございました。あなたは……紛れもなくコーネリアス殿下でございます」

 涙を拭いながらエリザベートが宣言する。

「……ありがとう、エリザベート公女。さあ、まだ確認したいという者はおるかね?」

「……いえ、もう充分でしょう。我々はこのお方をコーネリアス・エレシエル殿下とお認め致します」


 残りの小国の使者達も目配せして頷き合うと、代表してアマル公国の執政官がそのように申し出た。コリピサの議員が恐る恐るといった感じで発言する。


「それで……このお方がコーネリアス殿下であるという事は分かりましたが……我々をこのように集めて一体何をなさるおつもりで……?」

「ふん……それは本気で聞いておるのか?」

 そのように挑発的に返すのはベレト連合体の軍団長だ。

「この度の殿下が起こした事件。そしてその後、我ら一同を秘密裏に呼び集めた……。意図は明らかであろうが」

「そ、それは分かっております! しかし事は国家の存続が掛かった一大事! 勘違いでしたでは済まされますまい! それを確認しておるまでです!」

 青筋を立てて反論するコリピサの議員に、ベレトの軍団長は肩を竦める。

「まあまあご両人、落ち着かれよ。確かにそう時間がある訳でもない。殿下本人と確認は取れたのだ。早速『本題』に入るとしよう。宜しいですかな、殿下?」

 場をとりなしたバージルが確認すると、コーネリアスは一つ頷いて玉座への階段を上って、バージルの玉座のすぐ脇に立って使者達を睥睨した。

「うむ……皆、急な事態にも関わらずこうして集ってくれた事、まずは礼を言いたい。そして……これも既に解っている事だと思うが、最早後戻りは出来ぬ。ロマリオン兵の殺害と『大使』の拘束はそう時を置かずに皇帝グンナールに露見するだろう。なれば取る道は一つしかあり得ん」

「反乱……いえ、ロマリオンに対する戦争、という事ですか……」

 ザナックの緊張を押し殺した台詞に、ラストーン大公国のアリウス公子が非難の声を上げる。

「お、横暴だ! 横暴に過ぎる、コーネリアス! 君は帝国への復讐と自国の復興の為に、我等を利用しようと言うのか!? この国で起きた事件も隣国である我が国に波及するのは時間の問題だ。強制的に我等を巻き込むつもりか!」

「ア、アリウス様……」

 エリザベートが呆然とした声を上げるが、興奮したアリウスは止まらない。

「大体ロマリオンに……あの【邪龍殺し(ドラゴンスレイヤー)】のシグルドに勝てる訳がない! それこそエレシエルの二の舞になるだけだ!」

「アリウス……君を、いや君達を戦に巻き込む事、心から済まないと思っている。だがロマリオンが皆の国にしている仕打ちを考えれば、遅いか早いかの違いでしかないんだ。それは解っているだろう?」

「く……!」

 アリウスが悔し気に唇を噛み締める。ロマリオンからの要求はどんどんエスカレートしてきている。それだけでなくロマリオンの民による傍若無人な振る舞いも各地で聞かれるようになっていた。その意図はそれこそ明らかだ。

 要するに「挑発」だ。乗れば待ってましたとばかりに滅ぼされる。乗らなくても国は疲弊し、やがて瓦解するだろう。ロマリオンは大陸を統一するつもりなのだ。小国家群はその為の目障りな障害でしかないという訳だ。

「このままじわじわと国力を削られて、やがて反抗する気も起きないほどに衰退させられるか、むざむざ挑発に乗って各個撃破されるかのどちらかしかない。ならば第三の選択肢を取る以外に無い。そうであろう?」

「だ、第三の選択肢……」

「そう……つまりまだ各国が健在で余力がある内に団結し、こちらから攻勢を仕掛ける……。それこそが皆が生き延びる為の唯一の道だ。勿論私の目的がエレシエルの復興である事は確かだが、これは皆が存続する為にも必要不可欠な選択だと確信している」

「……だが、ロマリオンと戦になって勝てるのか? 敵はロマリオン軍二十万。そしてあの(・・)シグルドだぞ?」

 アリウスの興奮も大分収まってきたようだ。その選択肢しかない事を受け入れた上で、冷静に問い掛ける。


「別に勝つ必要などない」
「……何だって?」


 コーネリアスの応えに、アリウスだけでなく他の使者達も唖然とする。

「私の目的はロマリオンを滅ぼす事ではない。君が言ったように現状ではそれはほぼ不可能と言っていい。目的はあくまでエレシエルの復興だ」

「だ、だが、ロマリオンがそれを黙って見ているはずがあるまい! 先の大戦の二の舞になるだけですぞ!?」

 ベレトの軍団長が口を挟む。他の使者達も同意するように頷く。

「そう……。そのままでは勿論そうなるな。だからその要因(・・)を取り除く」

「よ、要因?」

「そもそも我がエレシエル王国があそこまでの大敗を喫した原因は何だ? ほんの5年ほど前までは間違いなく戦力は拮抗していたのだ」

「そ、それは、やはりあの……」

 ここにいる皆の脳裏に、1人の英雄の姿が浮かび上がる。コーネリアスは力強く頷く。


「そう。奴こそが全ての原因。だからそれを取り除く……。我々の目標は帝都ガレノスに非ず……英雄都市フォラビアだ!」


「……!」
 その宣言に、謁見の間に軽い衝撃が走る。


「あ、あの怪物を……倒すと? 私は未だに忘れられない。あの怪物が口を開き、そこから恐ろしい地獄の業火が吐き出され、我が優秀な将兵達があっという間に飲み込まれ消し炭となった悪夢の光景を……。あれは、人の身にどうにか出来る存在なのでしょうか?」

 ザナックが何かを思い出したようにブルッと震える。だがコーネリアスはかぶりを振る。

「出来る。私にはその確信がある。あの怪物とて無敵ではない。その為の策は考えてある。勿論、その後帝国軍を牽制し正面衝突を避ける為の策もな。あの怪物の脅威は誰よりも私が良く認識している。無策で挑むような事はしない」

「で、ではその策を教えて頂けませんか? それが実現可能なものであるならば我々も覚悟を決めましょう」

 アマルの執政官の言葉に他の使者達も頷いた。コーネリアスがバージルの方を仰ぎ見る。バージルは一つ頷いて口を開いた。

「いいだろう……。だがこれを聞いた以上は最早一蓮托生。後戻りは出来ぬぞ? その覚悟のないものは今すぐこの場を立ち去るがよい。止めはせぬ」


 ……誰も立ち去るものはいなかった。皆分かっているのだ。このまま目と耳を塞いだ所で、どの道緩慢な滅びが待っているだけだという事を。この計画に賭けるしかないのだという事を。

 その覚悟を見て取ったバージルは満足そうに頷く。そしてコーネリアスを促した。


「皆、ありがとう。我が計画、必ずや成功させて見せよう」


 そうしてコーネリアスは『策』の説明に入った。


 燻っていただけであったロマリオンへの反抗の狼煙は、今この時より盛大に燃え上がり始める…………
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