第41話 【グラディエーター】剣闘貴族

文字数 3,484文字

「ぬぅんっ!!」

 ヴィクトールは2本の戦斧を交差するように構えると一気に地面を蹴った。ヴィクトールが狙う先は…………クソ、私だ!

 咄嗟に身構えるが、その間に立ち塞がる者が……

「ヴィクトーーールッ!! こいつは俺の獲物だぁ! 手を出すな!!」

「どけ、ルーベンス!」

 割り込んできたルーベンスが『大車輪』でヴィクトールを阻む。だがその威力、速さ共に、最初に見た豪速ぶりとは雲泥の差だ。

「むんっ!」
「……!」

 ヴィクトールは振り回される狼牙棒の先端に片方の戦斧の刃を叩きつける。耳をつんざくような金属が打ち合わされる音が響き渡り、ルーベンスが一方的に体勢を崩した。

 その隙を逃さず、ヴィクトールがもう片方の戦斧を真横に薙ぎ払う。

「がはぁっ……!!」

 丁度胸の辺りを横一文字に大きく斬り裂かれたルーベンスが、血を吐きながら仰向けに倒れ込むと、そのまま動かなくなった。どう見ても戦闘不能(リタイヤ)だ。



『うおおーーー!! 流石は【戦鬼】ヴィクトール! 登場早々の剛勇ぶりだ! さしもの【暴君】も、鬼の前には我を通す事は出来なかった! 3人目の脱落者だぁっ!!』



 アナウンスや観客達が興奮している間にも、ヴィクトールが私に肉薄して戦斧を振るってきた。重く、かつ鋭い一撃。案の定、弾こうと盾を打ち付けたら逆に私の方が弾かれてしまった。

「ぐ……!」

 【グラディエーター】ランクまで来ると、今までの安定した戦術が殆ど通じないようだ。悔しいが地力の差という奴か。

「ぬんっ!」
「……ッ!」

 振るわれるもう一方の戦斧を飛び退って躱す。盾で受ける訳にはいかない。だが飛び退って躱すのは、今の私にとっては体の負担が大きい。着地の度に身体中が痛む。


「どうした、もう限界か!? ならば容赦なく刈り取るまで!」


 ヴィクトールの二振りの戦斧の攻撃速度が更に上昇する。それなりに重量があるはずの戦斧を片手で、まるで重さなどないかのように軽々と振り回す。

 それでいてその攻撃の威力は、私の渾身のシールドバッシュを容易く弾き返す。

 傷ついた身体でその怒涛のラッシュを凌ぎ切れるはずもなく、躱した拍子に捻った胴体が悲鳴を上げ、余りの激痛に一瞬身体が硬直してしまう。

 当然そんな隙を見逃す生易しい相手ではない。斜め上から斬り下ろされる戦斧を、私は反射的に盾で受けてしまった。

「ぎぃっ!!」

 盾越しに伝わる凄まじい衝撃が身体中に伝播し、変な呻き声を上げてしまう。堪らず片膝を着くが、ヴィクトールは容赦なく追撃してきた。


 もう駄目だ。諦めかけたが、その時……


「ぎゃううぅぅぅっ!!!」
「……!」

 ヴィクトールの背後からミケーレが襲い掛かる。ヴィクトールは抜群の反応で、上体のみを横に捻りつつ片方の斧で背後に斬り付けた。

 だがミケーレもまた獣の反射神経でそれを躱し、鉄爪を突き出す。

「む……!」

 ヴィクトールが低く唸って飛び退る。ミケーレは私とヴィクトールの間に割り込み、まるでこれ()は自分の物だと主張するように、獰猛に相手を威嚇する。更に……

「ヒャハッ!!」

 レイバンだ。ヴィクトールの死角から接近しバックスタブを試みる。

「小賢しい!」
「――っとお!」

 だがヴィクトールはそれすら反応し、篭手で巧みにダガーを受けると、お返しとばかりに戦斧を叩きつける。慌てて飛び退るレイバン。

 好機と見たのか、ミケーレが畳み掛けるように再び攻勢に出る。ヴィクトールの戦斧捌きは凄まじい物があるが、ミケーレの反射神経と身体能力もまた人間離れしている。

 両者一歩も引かずに攻防を繰り広げる。私はと言えば、(認めたくはないが)ミケーレのお陰で助かり、更に少しだけだが息を整えて休む事が出来た。


「へ、流石にあそこに混ざる度胸はねぇなぁ。俺らは俺らで遊ぼうぜぇ?」

「……く!」

 レイバンが嫌らしい笑みを浮かべながら私の元に近付いてきた。なけなしの休息タイムは終わりのようだ。

 レイバンは地を這うような低い姿勢で肉薄してくる。私は地面に突き立てるような角度で剣を突き出す。だがレイバンは得意のドッジで前転して私の剣を避けつつ、すれ違いざまにダガーで斬り付けてきた。

「あぅっ!」

 無事だった左脚も斬り裂かれてしまう。出血するが幸いそこまで深手ではないようだ。だが痛みは感じる。

「ひへへ! いい感じに仕上がって(・・・・・)来たなぁ?」
「……!?」

 レイバンがダガーに付いた私の血を舐めながら不気味に嗤う。仕上がり……? この男、一体何を企んでいる?

 だがその時、私の思考を妨げるようにアナウンスが響く。



『さあ、いよいよロイヤルランブル戦も大詰め! ここでまた砂時計が満たされたぁっ! そして、もう時計は反転しません! 遂に8人目……最後(・・)の選手が入場だ! 一番有利なポジションを手に入れた強運の持ち主! 戦いに独特の美学を求める高貴なる求道師! 本物の貴族から剣闘士の世界に乗り込んだ超変わり種! 【闘爵】ブロル・エリクソンだぁぁぁっ!!!』



 ――ワァァァァァァァァッ!!!



 遂に……遂に最後の闘士だ。だがある意味ではここからが正念場だ。

 門より現れたのは、貴族出身という肩書に相応しいテールコート姿の上に、要所のみを光沢のある軽装鎧で覆った独特の衣装の若い男であった。金髪をオールバックにして後ろに撫で付けてある。

 右手には鎧の隙間を縫って突き刺す為の刺突剣(レイピア)が握られており、左手には防御用の短剣(パリーイング・ダガー)を装備した、主としてエレシエル貴族(・・・・・・・)が決闘用に好んだ武装であった。

 サイラスからは本物の貴族出身らしいとだけは聞いていたが、どの国の貴族かは聞いていなかった。或いはサイラスも知らなかったのだろう。


 そしてブロルは……他の者には目もくれず、私に対してだけ強烈な敵意の視線を向けたかと思うと、一直線に私目掛けて突撃してきた。

「ケケッ! 人気者は辛ぇなぁ?」

 ブロルのターゲットを悟ったレイバンが私から距離を取りながら、そう揶揄してくる。それに歯噛みしつつも慌てて迎撃体勢を取る。レイバンは、ミケーレとヴィクトールの争いの方にちょっかいを掛ける気らしく、そちらに向かっていった。


「これはこれは……麗しのカサンドラ王女殿下ではありませんか。御尊顔を拝謁賜り恐悦至極にございますな」


 ブロルの話し方にもエレシエルの訛りが聞き取れた。もう間違いない。

「あ、あなたは……エレシエル貴族、なのですか……?」

「ええ……あなたのお父上に爵位を剥奪されるまでは、ですがねぇ!」

「……!?」

 その言葉に疑問を抱く暇もあればこそ、ブロルが恐ろしい勢いで刺突を繰り出してくる。

 その攻撃はルーベンスやヴィクトール達のような重さはないものの、その代わりに恐ろしい速さと手数で、まるで本当に分裂しているかのような軌道で私の目を幻惑する。

 それでも盾で何とか防ぎながら小剣を突き出すが、ブロルは左手の短剣で巧みに私の攻撃を受け流す。

 逆に体勢が崩れてしまった私に対して、これまでより格段に速い突きが迫る。咄嗟に身を捻って躱したが、脇腹を掠り血が滲む。

「くぅ……」

 既に身体中傷だらけだ。そんな私の姿を見てブロルが嗤う。

「ふはは! いい気味ですな、王女殿下! まさか剣闘士に転落しながら、こうしてエレシエル王家に直接復讐が出来るとは思いもしませんでしたぞ?」

「く……な、何故……。お父様があなたに何を……?」

「ふん! 領地の税収の申告額がちょっと(・・・・)少なかっただけだ! そんな物、地方貴族なら皆やっている事だと言うのに、あの国王め……。一方的に爵位没収などと……!」

「……!」
 恐らくは他の貴族に対する見せしめ(・・・・)か。


 お父様は民や兵には優しく善良な君主として名高かったが、反面貴族や将校、役人に対してはかなり厳しく統制していたらしい。このブロルもそういった不良貴族達の1人だったのだろう。


「それからの私の人生が想像できますか!? 脱税で国を追われた元貴族など、どの国でも門前払いです。手に何の職もない。だからといって、他の貴族に顎で使われる軍人や役人など真っ平でした」

「だから……剣闘士に……!?」

 言葉の合間にも間断なく刺突剣の連撃が私を襲う。一方的に追い込まれながらも聞かずにはいられなかった。

「ええ、そうですよ! ここまで登り詰めるのには苦労しましたよ? だと言うのに、またしても忌々しいエレシエル王家が私の前に立ち塞がる……!」

「く……!」

 その目に強烈な憎しみを宿らせて、増々攻め手を速くしてくるブロル。

 その流れるようなそれでいて力強く素早い連続突きに、防戦一方の私は押されるようにどんどん後退を続ける羽目になる。
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