第37話 【グラディエーター】傲慢なる暴君

文字数 2,614文字

「不可解な現象だが……やる事は変わらん!」

 アンゼルムがハンマーを振りかぶって迫る。正面切ってアンゼルムを倒す手段は無い。苦痛に悲鳴を上げる身体に鞭打って必死に振り回されるハンマーを躱し続ける。

「おっと、俺様を忘れんなよ?」

 だがそこにレイバンが、再びアンゼルムの背後に忍び寄って短剣を突き立てようとする。

「ち……邪魔だ!」

 忌々し気に背後に振り向きざまに大楯を薙ぎ払うアンゼルム。飛び退ってそれを躱すレイバン。私はその隙に距離を取って、とにかく呼吸を整える事に専念する。その時…………



『増々白熱する三つ巴の戦い! だがそこに無情にも砂時計の砂が満たされたぁっ!! 今度はクリームヒルト皇女が砂時計を回します! 4人目の選手が入場だぁっ!! 傍若無人! 傲岸不遜! 他の奴の都合など知った事か。俺は俺のやりたいようにやる! 【暴君】ルーベンス・ゴディーナだぁぁっっ!!!』



「……!」

 このタイミングで新たな闘士の乱入か。開かれた門を見やると、そこからアンゼルム程ではないが、かなり大柄で鍛え抜かれた体躯を、傭兵のような武骨な板金鎧に包んだ男が現れた。

 黒い髪は短く刈り込まれ、揉み上げと一体になった濃い髭が頬や顎を覆っている。そして……左目には大きな裂傷が走っており、その上に眼帯を装着していた。

 ルーベンスはその体格に見合った巨大な武器を両肩に通して担いでいた。太く長い柄の先には無数の棘が突き出た棍棒のような武器。いわゆる狼牙棒と呼ばれる武器だ。


「お!? ルーベンスの野郎か! 丁度いいぜ。おい! このデカブツ倒すのに手ぇ貸せや! お前の武器なら行けんだろ!」


 アンゼルムのハンマーから逃げながら、レイバンが助勢を求める。確かにあの狼牙棒ならアンゼルムの装甲の上からでも、ダメージを与えられるかも知れない。

 だがルーベンスはそんな声など耳に入っていないかのように、真っ直ぐに私を見据えて私の方に向かってきた。

「うぉい! その女は後回しでいいだろ! まずはコイツを――」

「黙れ。俺はこの女に興味があるんだよ。お前等はそこで仲良く乳繰り合ってろ」

 潰せる時にアンゼルムを潰しておいた方が確実に得だと言うのに、ルーベンスは脇目も振らずに私に向かってくる。

 まだ息は上がったままだし足元もふらついているが、これ以上休む暇は無いようだ。私は臨戦態勢を取る。


「くくく、前々からお前との試合を楽しみにしていたんだ。他の奴なんぞに譲ってたまるか」


 笑いながらルーベンスは巨大な狼牙棒を両手持ちで構える。見るからに中距離型の武器だ。ならば接近してしまえばこちらが有利のはずだ。

 そう思って素早く接近するが、ルーベンスは口の端を吊り上げると持っている狼牙棒を前に突き出し、まるで風車のように高速で旋回させた!

「……!」
 棘の付いた狼牙棒の先端が見えなくなる程の高速旋回。サイラスから聞いていたルーベンスの得意技『大車輪』。あのヨーンの『フィールド』を髣髴とさせるような光景に思わず足が止まる。

「ふはっ!」

 結果、ルーベンスの先攻を許してしまう事に。旋回の勢いからそのまま狼牙棒を叩きつけてくる。物凄い速度だ。それでも何とか攻撃に合わせて小盾によるバッシュが成功したが……

「――っう!」

 腕が痺れるような衝撃と共に何と私の盾の方が弾かれてしまった! 体勢がグラつく。ルーベンスは攻撃の勢いを殺さずに、狼牙棒を旋回。反対側の槍で言えば石突の部分にも棘が生えており、それが私の剝き出しの脇腹に迫る!

「く……!」

 咄嗟に剣の平の部分で受け止めるが、案の定凄まじい衝撃に私の身体が吹き飛ばされる。

「……がはっ」

 地面に身体を打ち付けた衝撃で息が詰まる。身体を苛む苦痛と疲労は、もうこのままここに一日中寝ていたい欲求を極限まで増幅する。だが無情にも相手は容赦なく追撃してくる。

 吹っ飛んだ私を追いかけて迫ってきたルーベンスが、狼牙棒を大上段に振り上げる。

「……っあ!」

 薄っすらと視界に映ったその光景を見た瞬間、本能的に身体を横に転がしていた。その一瞬後、私が寝ていた位置に狼牙棒が全力で叩きつけられていた。衝撃で石畳が抉れる。

 横転を繰り返しながら、その勢いのまま強引に身体を起こす。汗まみれの身体で地面を転げまわったせいで、色々酷い有様になっていたが、それを気に掛けている余裕は微塵もない。

 ルーベンスがそんな私の様子を目を細めながら、狼牙棒を構えつつ嗤う。


「く、く……女、それも元王女という高貴な女を殺す感触を味わえると思ったが……なるほど、あのヨーンが仕留めきれん訳だ。存外にしぶとい……」

「……!」

「だがその方が長く楽しめるというもの……。存分に足掻いて見せろ!」

「くっ……」

 歯噛みしながら武器を構える。ルーベンスの攻撃の威力の前に、私の得意技であるシールドバッシュが通じない。いや、通じないどころか、力負けして逆に隙を作ってしまう有様だ。私のアドバンテージの一つを封じられてしまった。

 ダメージも更に蓄積してしまい、状況は悪くなる一方だ。ルーベンスに対する打開策を見出せない。ルーベンスが一歩前に出ると、詰めてくる圧力に押されるように私は一歩後ずさってしまう。それを見たルーベンスが口の端を吊り上げる。

 来る! そう思って緊張に身構えた時――


「ヒャッハーーーーッ!!」


 奇声と共に私達の所に一目散に走ってくる……レイバンの姿。そしてそれを追いかけるように大楯を突き出して迫るアンゼルムの『盾突撃』!

 先程の追いかけっこの再現のような状況に目を瞠る。

「てめぇだけ楽しもうったって、そうは行かねぇぜぇっ!」
「……!」

 レイバンが走り寄るのは……ルーベンスの所だ。当然レイバンを追走するアンゼルムもそれに釣られる。

「俺からのプレゼントだぁ!」

 例の直角跳びで『盾突撃』の進路から逃れるレイバン。当然その進路上にはルーベンスだけが残される。

「……ちぃっ!」

 回避が間に合わない事を悟ったルーベンスが、咄嗟に狼牙棒を掲げて踏ん張り、『盾突撃』を正面から受け止めた!

「ぬうぅぅぅぅぅぅっ!!!」

 重量級同士の凄まじい当たり。だがやはりより重量が重く、突撃の勢いも加味されたアンゼルムが押し勝った。

 ルーベンスの巨体が弾き飛ばされて宙を舞う。そのまま一度地面に倒れ込むが、転がるようにして上手く受け身をとりながら、その巨体に似合わない素早さで立ち上がった。

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