第38話 【グラディエーター】氷刃の妄執

文字数 3,551文字

「貴様らぁ……」

 怨嗟に満ちたルーベンスの唸り声。

「はっ! これがバトルロイヤルだって事忘れてんじゃねぇのか!?」

 それに構わずレイバンが二振りのダガーを構えてルーベンスに肉薄する。ルーベンスがやはり狼牙棒を凄まじい速度で薙ぎ払うが、レイバンは驚くほど軽快な身のこなしでそれを躱す。

「おらっ!」
「ちっ……」

 突き出されるダガーに、ルーベンスは後退を余儀なくされる。そして私に対してやったように高速で狼牙棒を旋回させる『大車輪』でレイバンを牽制する。

 レイバンのお陰で降って湧いたインターバルだ。今の内に少しでも体力を回復させなければ――

「むぅんっ!!」
「……ッ!」

 だがそうはさせじと、アンゼルムが私に向かってハンマーを叩きつけてくる。相手を入れ替えての1対1が再び繰り広げられる。アンゼルムはやはり差し向かいで戦うには厳しい相手だ。この男も私と同じく最初から戦っているにも関わらず、未だにその動きに疲労は見られない。

 このような重装備に身を固めておきながら、馬鹿げた体力である。

 レイバンはルーベンスの相手に掛かり切りになっていて、こちらに乱入する余裕は無さそうだ。ダメージで身体が悲鳴を上げている状態でアンゼルムと1対1はかなりキツい。何か現状を打破する手段が無いか……

 アンゼルムの攻撃を必死に躱しながら焦っていると――



『4人では1対1の二組になりやすいが、ここでその均衡が崩れるぞ! また砂時計が満ち、シグルド様が反転させます! 5人目の選手が入場だぁっ!! その剣技は精緻にして剛勇! かつてあのサイラスとも覇を競い合った天才剣士! 
【氷刃】のジェラール・マルタンだあぁぁぁっ!!!』 



 ――ワアァァァァァァッ!!!



 歓声と共に門が開き、新たな剣闘士が乱入してくる。サイラスの名に反応してそちらを見やって、思わず目を瞠る。

 見た目は中肉中背の怜悧な雰囲気の若い男だ。病的な程に白い肌と色素の抜けたような真っ白い長髪が特徴的であった。


 あれは……いわゆる色素欠乏(アルビノ)、だろうか? 私も話には聞いた事があったが、直に見るのは初めてだ。【氷刃】という異名の所以だろうか、その身体を覆う鎧も白と水色の冷たい感じの色合いだ。

 そして彼の持つ武器もまた奇妙な物であった。

 剣、なのだろうか? 中央(・・)に柄があり、その柄の上下(・・)から刀身が伸びていた。サイラスによると、双刃剣という名前の武器らしい。


 アリーナに入ってきたジェラールは戦場を睥睨すると、一直線に私達の方へ向かってきた。

「むぅ……!」

 アンゼルムがそれに反応して大楯を薙ぎ払う。ジェラールは屈むようにして素早くそれを掻い潜ってアンゼルムの脚に斬り付ける。

「ぬ……!」

 既にレイバンとの戦いで大分脚を痛めていたらしいアンゼルムは、これ以上のダメージの蓄積を厭うてかなり大仰に後退した。

 ジェラールはそれに目をくれる事もなく、私に対して敵意を向けて迫ってきた。


「……カサンドラ・エレシエル。サイラスの奴の特訓を受けたらしいな。その成果を見せてみろ!」

「……ッ!」


 サイラスの話では、彼が【ヒーロー】ランクへと登り詰めるに当たって、このジェラールと熾烈な昇格競争を繰り広げたらしい。戦績はほぼ互角。最終的に直接対決によってサイラスに軍配が上がり、彼は【四天王】の一角に成り上がった。

 その為、未だにこのジェラールがサイラスに向ける敵意は凄まじい物があるらしく、一応サイラスの『弟子』とも言える私に対しても敵意をむき出しにする可能性が高いと警告されていた。


「しゃっ!!」

 ジェラールが鋭い呼気と共に、剣を突き入れてくる。速いが直線的な突きならバッシュを当てやすい。小盾で剣先を殴りつけてやると、剣は大きく逸れてジェラールの体勢が崩れる。

 チャンスだ!

 そのまま大きく踏み込んで小剣を斬り上げようとして……ジェラールの口の端が吊り上がっている事に気付いた。

「――ッ!?」

 背筋にゾワッとした物を感じ、本能によって反射的に身を反らせる。そして次の瞬間には、私の剥き出しの腹部……丁度胸当ての下辺りに横一直線の斬り傷が走った!

「――痛ぅっ!!」

 何が起こったのかを理解する前に、再び風切り音と共に剣閃が煌めく。胴体の激痛を押し殺して、とにかく距離を取らねばという生存本能で後ろに飛び退る。だが僅かに遅く、今度は右脚の剥き出しの太もも部分に一筋の裂傷が走った。

「くぅっ!!」

 辛うじて致命傷は負わずに済んだが、胴体と右脚に浅くない傷を負ったのは非常に痛い。傷そのものの痛みは勿論だが、これ以降の試合に差し障りが大きい。出血による体力の消耗も心配だ。


「ふ……こんな物か? 少々期待外れだな……」


 ジェラールの持つ双刃剣。その上下両方(・・・・)の刃に薄っすら血が付着していた。それを見て、ようやく何が起きたのかを理解した。

 最初の突きを弾かれた瞬間、柄を回転させて下側(・・)の刃で掬い上げるように斬り付けたのだ。それが胴体への一撃だ。そのまま再び柄を回転させて上側(・・)の刃で脚を狙った……

 上下の刃を巧みに切り替える事で、間断ない攻めを可能としている。ルーベンスとは別の意味でやはりシールドバッシュが通じない。一方の剣を弾いても、その瞬間もう一方の刃が襲い掛かるのだ。二刀流とはまた違った恐ろしさだ。


 四天王を除けば最精鋭たる【グラディエーター】ランクは伊達ではない。雑魚など……与しやすい相手など1人もいない。全員がヨーンと同じく、例え1対1で戦ったとしても相当の苦戦は免れない難敵揃いだ。


「お前を殺したら、サイラスがどんな顔をするのか楽しみだ……!」
「く……!」

 その整った顔を喜悦に歪めて再度私に迫るジェラール。私だけが負傷した状態での仕切り直しは非常に分が悪い。だが、ジェラールの頭上を巨大な影が覆った。

「……!」
「ふんっ!!」

 アンゼルムだ。大上段から振り下ろされるハンマーを、ジェラールは危うい所で横に飛んで躱した。

「ち……邪魔するな、【鉄壁】!」

「貴様の都合など知らぬわ! その女に気を取られて隙だらけだぞ!」

 アンゼルムが容赦なくジェラールを追撃する。この隙に今度こそ呼吸を整えようとするが……

「おおおぉぉぉぉっ!!」
「……ッ!」

 怒号と共に迫る……狼牙棒の薙ぎ払い。私は休む暇もなく、横合いから迫る一撃を躱す為に飛び退る。

 ルーベンスがレイバンを突き放した隙に再び私をターゲットにしてきたのだ。レイバンはルーベンスを追わずにジェラール達の方に乱入して、アンゼルムを後ろから攻撃していた。


「お前を殺るのは俺だぁっ!!」


 猛り狂ったルーベンスが『大車輪』を回したまま私に突撃してくる。ただでさえ厄介な攻撃だ。ましてや今の消耗し傷まで負っている状態では打つ手がなく、更なる後退を余儀なくされる。動く度にジェラールに付けられた傷が痛む。

 ルーベンスの攻撃から逃げ続ける内に、丁度背後にジェラール達が戦っている気配を感じた。私の脳裏に先のレイバンの言葉が甦る。

 そう。これはバトルロイヤルなのだ。律儀に私が相手をして勝たなくてはならない訳では無い。私もレイバンに倣って……少しだけ卑怯(・・)になる事にした。


 私は敢えて自分からジェラール達の方へ向かっていく。当然後ろからはルーベンスが狼牙棒を振り回しながら追い縋ってくる。

 私の接近に気付いたジェラールが、これ幸いとばかりにアンゼルムをレイバンに押し付けて、私にターゲットを変更してきた。


「カサンドラァァーーッ!!」


 双眸を狂的に光らせたジェラールは、双刃剣を構えながら一直線に向かってくる。後ろからはルーベンスが鬼の形相で追ってきている。まさに前門の虎後門の狼状態だ。


 だがここで重要なのは、虎と狼は味方同士ではないという事だ。


 私はやはりレイバンがやったように、直前まで2人を引き付けてから、思い切って直角に横跳びした。

「……ッ!?」

 奇しくもジェラールとルーベンスが同じタイミングで表情を歪めた。彼等は私に執着する余り、その向こう側にいるお互いが目に入っていなかったのだ。そして2人が私を仕留めようと放った攻撃は、既に引っ込められる段階ではない。


「「ちぃぃぃっ!!」」


 それぞれ致命傷を負うのを避けようとした結果か、2人共が向かって右側に咄嗟に身体を逸らせた。当然お互いがすれ違うような軌道になる。その際にルーベンスの狼牙棒がジェラールの脇腹にヒットし、ジェラールの双刃剣の切っ先がルーベンスの片脚を斬り裂いた!

「……ッ!!」「がっ……!」

 ジェラールは血反吐を吐いて身体をグラつかせ、ルーベンスは脚を庇って片膝を着いた。

 熟練闘士の反射神経で咄嗟に身体を逸らせた事で互いに致命傷は避けたようだが、それなりの痛打を負わせる事に成功した。
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