第49話 【ヒーロー】の壁

文字数 5,646文字

 『黒の門』が開き、そこからゾロゾロと魔物達が現れる。剣や槍、斧などで武装したホブゴブリン達。そして明らかに彼等よりも頭一つ分は抜けている、2メートル近い体躯の3体のゴブリン……。間違いなくあれがゴブリンロードだ。

 それぞれ大剣、二刀流、巨大な戦斧で武装している。鎧もホブゴブリン達より立派な感じだ。

 よくこんな奴等をストックしておけたものだ。先程大盤振る舞いと言っていたが……


 『前哨戦』扱いされたゴブリン達だが、勿論人間の言葉は解らないので、そんな事はお構いなしに奇声を上げながらサイラス達3人に襲い掛かっていく。

 まず動いたのはラウロだった。十文字槍を前面に構えると、恐ろしい程の力強い踏み込みで一直線に吶喊する。最前列に居たホブゴブリンが振り被った武器を振り下ろす暇もなく、胴体を串刺しにされて絶命した。

 周りのホブゴブリンがラウロに殺到するが、ラウロは槍を風車のように高速で振り回してそれらを薙ぎ払う。ルーベンスの『大車輪』に比肩する勢いだ。

 その勢いに魔物達が怯んだ所に別の影が飛び込み……血風が舞った。サイラスだ。

 長剣をまるで自分の手の延長のように自在に扱い、ホブゴブリン達の間を縫うようにして次々と斬り伏せていく。あの地下の修練場でゴルロフ達暴漢を斬り伏せた時と同じで、相変わらず見惚れるような体捌き、剣捌きであった。

 ラウロやサイラスに怯んだホブゴブリン達が、体格が小さく与しやすいと見たのか、ハオランの方に何体かが襲い掛かる。

 魔物が襲ってきているというのにハオランは自然体のまま目を閉じて瞑想していた。そして殺到したホブゴブリンが次々と剣や槍を突き出すが、何とハオランは目を閉じたままそれらの全ての攻撃を、最小限の動きだけで躱した。

 そしてゆっくりとさえ言える自然な動きで圏輪を持ち上げ――

「え……!?」

 私は思わず目を瞠った。ハオランの動きが殆ど見えなかったのだ。しかし彼を取り囲んでいたホブゴブリン達が叫び声すら上げずに倒れ伏した。

「な……」

「……奴は相手の力を受け流し、その勢いを利用して最小限の動きで仕留める術に長けている。お前と同じ『後の先』を取るタイプだな。しかし奴に本気で「受け」に回られれば……例え私であっても苦戦は免れんであろうな」

「……!!」

 瞠目する私にマティアスが静かな声で説明する。私は更に絶句する事になった。【チャンピオン】のマティアスですら苦戦するとなれば、同じタイプでもその練度は私などとは比較にならない。


 私の心境を余所に戦況が動いた。遂にゴブリンロード達が動き出したのだ。戦斧持ちがラウロに、大剣持ちがサイラスに、そして二刀流がハオランに向かって襲い掛かった。勿論その周囲にそれぞれ数体のホブゴブリンを引き連れてだ。

 戦斧持ちとラウロが派手にぶつかり合う。両者の体格はほぼ互角だ。だが驚くべきことにラウロが徐々に押し始めた! レベル4の魔物相手に信じがたい膂力である。焦った戦斧持ちがホブゴブリンに叫ぶ。3体のホブゴブリンが戦斧持ちと組み合うラウロに武器を突き出してくる。

 するとラウロはそれまでの勢いが嘘のように一瞬で身を引いた。急に圧力が消えた戦斧持ちがたたらを踏む。その隙にラウロは十文字槍を豪快に振り回す。しかしその槍の穂先は正確に戦斧持ちと3体のホブゴブリンの急所を切り裂いていた。

 ……豪快で、それでいて恐ろしい程に正確無比な槍捌きである。


 一方サイラスは目にも留まらぬ勢いで縦横無尽に動き回り敵を撹乱する。かつて私にも伝授してくれた多対1における立ち回りを駆使し、巧みに敵が一列になるよう誘導する。そして正面に当たった敵から一刀両断していく。

 瞬く間にお供のホブゴブリンを全滅させたサイラス。自棄になった大剣持ちが鎧ごと両断するような勢いで薙ぎ払ってきた斬撃を俊敏な動作で回避。そしてすれ違いざまに剣を一閃。大剣持ちの首筋から血が噴水のように迸る。

 ――今日もまた舞った血風に観客達が沸き立つ。


 そしてハオランである。二刀持ちが加わった敵の攻勢だが……それすらハオランは最小限の動きで全ての攻撃をいなしていた。ホブゴブリンはともかく、二刀持ちの攻撃は間違いなく【ウォリアー】ランクに匹敵する鋭さだ。同じ二刀流のギャビンにも迫る勢いかも知れない。

 しかしハオランは何ら変わる事無く、表情一つ変えずに悠々と全ての攻撃を躱し続ける。そして静かな動作で圏輪を持ち上げる毎に敵が沈んでいく。最後に残った二刀持ちが破れかぶれに剣を突き出した姿勢で突進してくる。

 そこでハオランは初めて圏輪を掲げて敵を迎え撃った。二刀持ちの剣がハオランの圏輪と接触した瞬間……

「……!?」

 私の目には二刀持ちが自分から進んで体勢を崩したように見えた。恐らくはあの丸い圏輪を使って受け流したのだろうが、全く力を入れていないかのような自然な動作だった為にそう見えてしまったのだ。

 そしてもう一振りの圏輪を滑らせるように動かすと……二刀持ちの首が切断され宙を舞った。首を失った二刀持ちの胴体は突進の勢いのまま数歩進んで、そのまま倒れ伏した。

 ……恐らくは敵の突進の勢いを利用して、僅かな力のみで相手の首を切断したのだ。恐るべき技術であった。



 ――時間にすれば2分掛かったかどうか程度。それだけの時間でレベル4を含む20体以上の魔物の群れを殲滅していた。勿論3人とも無傷の上、息一つ乱してさえいない。

 圧勝であった。これが……【ヒーロー】ランクの力か……!

 観客席が総立ちで大歓声を上げる。


『お、おぉーーー!! さ、流石は【ヒーロー】ランク! ゴブリン程度では相手にならない! 皆さん、解っています! 折角の特別試合なのにこれでは皆さん消化不良だという事は! ご安心ください! 今のはあくまで『前哨戦』! これからが『本戦』となります! さあそれでは入場です! この試合の為にシグルド様が特別に捕獲して下さった大物が登場だ! 獰猛にして残忍邪悪な地獄の門番! その三つ首(・・・)に睨まれて生きて帰れた者はいない! 脅威レベル6の魔物……ケルベロスだぁぁぁぁぁっ!!!』


 ――ワァァァァァァァァァッ!!!!


 耳が馬鹿になるような大歓声と共に、再び『黒の門』が開く。そこから飛び込むようにして現れたのは……

 体格は以前戦った子牛程の大きさのヘルハウンドを更に二回り以上は大きくしたような……体高だけで2メートル以上はありそうな馬鹿げたサイズの、真っ黒い毛並みの巨大犬であった。

 しかし何よりも目を引くその魔物の最大の特徴は、何と言ってもその首の先から生えた三つ(・・)頭部であろう。三叉に分かれ、それぞれが凶悪な牙から涎をしたたらせ唸り声を上げる、醜く巨大な犬の頭部であった。

「……!」

 その異形と迫力に私の身体は我知らず震えが走った。サイクロプスの時と同じ現象だ。私の中の生物としての生存本能が悲鳴を上げているのだ。あれに襲われたら、恐らく私では一溜まりもない。その確信があった。

 サイラス達は……サイラスは本当に大丈夫なのだろうか? そんな心配をしてしまう。

 3人とも流石に先程までのような余裕はなく表情を引き締めていたが、誰も恐怖で固まっているような者はいなかった。


 ケルベロスがその巨大な鎌首をもたげる。そして……正面の首がその咢を開いて火球を吐き出してきた!

 ヘルハウンドの物よりずっと大きくてかつ撃ち出されるスピードも段違いだ。3人はそれぞれ散らばるようにして火球を避けた。着弾した火球が炎を撒き散らす。

 次の瞬間、ケルベロスが動いた。ターゲットは最も手近にいたラウロだ。四肢を(たわ)めたかと思うと、まるでカタパルトから撃ち出される巨岩のような速度で飛び掛かる。あの巨体からは考えられないような速度だ。

 火球を避けた直後で体勢の整っていないラウロは躱す事は出来ずに、咄嗟に十文字槍を翳してその突進を受け止める。

 さしものラウロもケルベロスの突進をまともに受けては踏ん張れなかったようで、噛みつきこそ槍の柄で防いだが、大きく弾き飛ばされる。

 追撃で飛び掛かる魔獣だが、そこに死角からサイラスが長剣で斬り付ける。だが……

 ケルベロスはまるで背中に目が付いているかの如く飛び退って斬撃を躱した。どうやらその三つ首は伊達ではないようで、非常に広い視野を持っているようだ。

 飛び退ったケルベロスが反撃とばかりに、そのカギ爪の付いた前足でサイラスを攻撃する。サイラスも飛び退って躱すが、僅かにケルベロスの方が速くその肩口に魔獣の爪が掠る。

「……ッ!」

 私は心臓が止まるかと思った。しかし肩当の部分が弾け飛んだだけで、サイラスは無事だった。私はホゥ……と息を吐いた。自分が戦うのとは全く異なる苦しさを私は味わっていた。

 これは……かつて王国で兄達が出征する度に抱いていた感覚に近い。

 今度はハオランが両手の圏輪を構えて魔獣に走り寄る。ハオランが初めて能動的に攻撃を仕掛ける姿を見た。再び魔獣の引っ掻き。

 ハオランは片方の圏輪を平面に、まるで円を描くように滑らせる。魔獣の爪と圏輪が接触すると、何と巨大な魔獣の力を受け流しよろめかせる事に成功した。しかしハオランの方も完全にはいなしきれなかったらしく、同時に体勢を崩した。

 ケルベロスがその巨体に物を言わせて強引に突進してくる。体勢の崩れていたハオランはその突進をまともに受けて吹き飛ばされる。しかし同時に魔獣も怯む。その胸の辺りから血が噴き出していた。

 ハオランが吹き飛ばされる直前に、もう一方の圏輪で切り裂いていたのだ!


 傷を受けた魔獣が怒り狂う。その時には既に体勢を立て直したラウロとサイラスが、それぞれの得物を構えて攻撃に移っていたが、魔獣は素早く飛び退って今度は三つの首を同時(・・)にもたげる。

「……!!」

 私が息を呑んだ時には、魔獣の三つ首から一斉に火球が発射されていた。一発でも爆炎を伴う規模なのだ。それが三発同時に放たれたらどうなるか……


 まず目を覆うような凄まじい爆発(・・)。続いて広いアリーナの大部分を、轟々と燃え盛る炎と激しい煙が覆い尽くした。


 観客席から悲鳴が上がる。私も思わず席を立ちあがっていた。サイラスは……サイラスは無事なのだろうか……!?

 濛々と立ち込める爆煙は私達だけでなく、ケルベロスの視界も遮る。そこに……

「あっ……!」

 観客の誰かの声。

 煙を割るようにして勢いよく飛び出したのは、褐色の大男ラウロだ。所々服や鎧が焼け焦げているが大きな怪我は負っていないようだ。

 裂帛の気合いと共に槍を突き入れる。槍は狙い過たずケルベロスの向かって左側の頭の眉間に突き刺さった!

 魔獣が凄まじい叫び声を上げて暴れる。その前脚の薙ぎ払いをまともに受けてラウロが吹き飛ぶ。そこに入れ替わるようにして現れたのはハオランだ。最初に吹き飛ばされていたお陰で、火球の被害は少なかったらしい。服が僅かに焦げている程度だ。

 滅茶苦茶に暴れまわる魔獣の暴走を器用に掻い潜って、今度は反対側……向かって右側の頭の首筋辺りに、二振りの圏輪を同時に滑らせる。

 切断させるには至らなかったが、右側の頭の首筋から盛大に血が噴き出し沈黙させる事に成功した。しかし流石のハオランも全力の攻撃を行った直後は僅かな隙が出来る。

 そこに暴れまわる魔獣の尻尾が叩きつけられた。物も言わずに再び吹き飛ぶハオラン。


 その時辺りを覆う煙が完全に晴れた。同時に観客達の……そして私の目が見開かれた。

「……!」

 まるで煙を晴らしたのは自らであると言わんばかりに、天に向かって剣を掲げた姿のサイラスがそこにいた。魔獣が三発の火球を発射した時、最も近くにいた為か鎧は半分以上が焼け焦げ、服もかなり酷い状態になっていた。

 だが……倒れる事無く自らの足で立っていた。そして暴れ狂う魔獣をしっかりと見据えると、一気に突撃して距離を詰める。

 そして地を這うような低い姿勢で魔獣の四肢を掻い潜ると、真ん中の首の真下に到達。そこから真上に向かって剣を突き上げた!

 ケルベロスが凄まじい勢いで痙攣する。サイラスは転がるようにして素早く距離を取っていた。魔獣はそれでも暴れ狂ったが、やがてその勢いが徐々に弱まり、そして……ズズゥゥゥン、という地響きと共に横倒しに倒れ込んだ。

 ケルベロスは完全に動かなくなった。……死んだのだ。

 サイラスは勿論だが、ラウロもハオランも負傷しながらも自らの足で立ち上がっていた。ここに勝敗は決した。 


『う、おおぉぉぉぉっ!! こ、これが【ヒーロー】ランクの実力! たった3人で何とレベル6の魔物を倒してしまったぁぁぁっ!! このフォラビア大闘技場が誇る最精鋭の戦士達! 彼等の力は軍の精鋭部隊にも匹敵する事が証明されたぁぁぁぁっ!!!』


 ――ワアァァァァァァァッ!!!!


 物凄い大歓声が沸き起こる。脅威度レベル6は【都市規模の危機】とされ、その討伐には10人以上の優秀な騎士を含めた一軍が派遣されるレベルだ。それをたった3人で倒してしまうとは、文字通り一軍に匹敵するというヤツだ。


 試合ぶりを見ていて確信した。あの中の誰と戦ったとしても、私には万に一つも勝ち目はないという事を。

 その下の【グラディエーター】ランクでさえ、恐らくヴィクトール辺りには絶対勝てないと思えるくらいなのだ。【ヒーロー】ランクとの対戦を以って、シグルドが私の処刑(・・)が完了するとした事は実に正しい判断だったという訳だ。

「ふふふ、王女様? まあ、色々な意味(・・・・・)で覚悟だけは決めておく事ね」

「…………」 

 ルアナの揶揄するような、それでいて意味深な台詞を訝しむ余裕もなく、私はじっとアリーナに立つ闘士達……正確にはサイラスを見つめていた。

 このままでは私は確実に死ぬ事になる。サイラスはそれを阻止する何らかの計画がある事を示唆していた。私は半ば祈るような気持ちでサイラスの事を注視し続けるのだった……
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