壜の中にあった手記

文字数 1,866文字

『部誌『文鳥』の編集担当、筆倉です。〆切は2月14日。作品はあとがきを添えて以下のアドレスまでお送りください。皆様の力作をお待ちしています』

 文芸部のグループLINEにそう投稿してから1ヵ月が経った。

 猫町先輩は……未だに反応なし、か。

 現在、1月20日。作品提出の返事をくれた部員に変わりはなく、筆倉はメンバー一覧から猫町先輩の個人LINEに飛ぶ。

 4年生にとっては最後の部誌なのに。なんで何の音沙汰も。

 二頭身の猫が原稿用紙にペンを走らせているアイコンをタップし、メッセージを打ち込む。

『文芸部2年の筆倉です。2月の部誌への作品提出はどうされますか』

 窓の外には人の背丈まで雪が積もっていた。大学が休みになるのも頷ける。
 4年生だと、こんな日でも大学に行かないといけないのかな。今は卒論で忙しいと聞く。だとしたら、と考えかけてスマホが鳴った。

『精神を擦り減らしながらこれを書いている。余人が見れば今の私をカフェインの虜になった女子大生だと嗤うかもしれない。だが、これを読んでくれれば私がエナジードリンクを必要としている理由を察してくれるはずだ』
『こんなところで小説を書きださないでください』

 ふざけているようにしか見えないが、猫町先輩はこれで普通なのだ。

『それより部誌に作品は出されるんですか』
『君への返事は既にしたためてある。しかし私が君と会える望みは薄い。だから手記はガラス(びん)に入れて部室棟前の雪原に投棄した』
『勝手にゴミ捨てないでください。部長に言い付けますよ』
『あとは君があの壜をみつけてくれるのを祈るばかりだ。おや、誰か来たらしい』

 それを最後に、送ったメッセージに既読が付くことはなくなった。

     ◯

 なんだよ、これ。ぱっと見で雲海と見間違えそうなんだけど。

 律儀に部室棟前までやってきて筆倉は愕然としていた。
 除雪もされず降ったままの新雪が一面を覆っていた。そこから外階段が棟の2階に伸びている。さながら天国へ続く階段といったところか。
 このテニスコートくらいある雪原から壜1本を探すと考えると気が遠くなる。しかし、捜索は意外にもあっさりと終わった。雪原のど真ん中にある奇妙な穴があいている。近くに足跡はなく、あんな所に穴を作るには物を投げるしかないだろう。

 こんなことしてる暇があったら、さっさと返事してくれればいいのに。

 案の定、穴の底にはコーラの壜があった。しかも中にはちゃんと紙が入っている。ご丁寧に中身は巻物みたいに丸められていて、コルクの栓を抜けば壜首を下にするだけで簡単に取り出せた。そして肝心の内容はというと――。


 私は猫町珠緒。理学部の大学4年生だ。
 突然だが私は今、運命の悪戯に喘ぎ苦しんでいる。一方を救うには他方を犠牲にしなければならない。そんな二者択一を迫られている。2枚目を見てくれ。そうすれば、いかなる事態が私を襲っているか理解してもらえるはずだ。


 指示されるまま紙をめくると、そこには2枚の画像がプリントされていた。
 片方はLINEで送った『文鳥』の連絡のスクリーンショット。なぜか〝〆切は2月14日〟の箇所に赤ペンで線が引かれている。もう片方の画像は卒業研究に関する掲示物。こちらにも同じく赤線が引かれていた。
〝卒業論文の提出期限は2月14日です〟の一文に。
 思わず溜め息を吐いてしまった。
 エナジードリンクの虜だとか、運命の悪戯だとか回りくどい比喩を使わずに〆切が被って危機的状況だと連絡してくれれば済んだものを。
 スマホのロックを解除し、それから猫町先輩の個人LINEへ。

『壜は見つけました。これ、本当なんですか』

 意外にもこのメッセージにはすぐ既読が付いた。

『事実は小説より奇なりの(ことわざ)を考えた先人がどんな気分だったか、私には痛いほど理解できるよ。これは悪夢でも小説でもなく、まぎれもない現実なのだからね』

 小説から抜粋してきたような文章ではない、猫町先輩自身の言葉。それが最後の一文を際立たせているようだった。

『ご愁傷様です』
『ありがとう。それで折り入って相談があるんだけど』

 その相談内容が何であったかは語るまでもない。






あとがき
 このエピソード、実は大学時代の実話が元なんです。所属していた創作サークルの部誌と卒論の〆切が見事にバッティング!
 同時にサークルでは〆切延長の権利を賭けた企画が立ち上がりました。これに賭けるしかない!
 当時の作者はそう思い、筆を執りました。そうして書き上がったのが本作です。
 今ではいい思いでですが、読者の皆様も〆切にはくれぐれもご用心を。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み