やっぱり先輩はちょっとおかしい

文字数 3,470文字

「探偵として、私と対決しないかい。明智くん」

 ……はい?

 状況を整理しよう。ここは探偵養成所でもなければ、名のある探偵たちが推理力で決闘する異世界でもない。現代日本の、ごくごく普通な市立高校だ。学校指定の制服だってある。だというのに——

「その表情、驚きのあまり声もでない、だね」
「これは呆れてものも言えない、ですよ」

 対決を持ちかけてきた先輩はなぜかシャーロック・ホームズのコスプレをしている。
 格好だけなら女子高生探偵で通りそうだが、それは漫画の中でならの話だ。うちに探偵部とかコスプレ部はないし、私服登校も許可されていない。
 つまり先輩の格好は完全な校則違反なのだ。風紀委員に見つかったら問答無用でしょっ引かれる。だが、それよりもだ。

「どうして、おれが今日ここにいることを知ってるんです」
 神出鬼没に登場しては、おれの下校を阻んでくるのがこの人の常だ。
 だから今日はわざと迂回して昇降口に向かおうとしたのに。

「初歩的なことだよ、明智くん。毎日君の身辺を探っていれば、自然と君の行動は読める。あとは発信機で……あ、いや、私独自の情報網と天才的な頭脳を駆使してだね」
「そこまで言ってよく誤魔化せると思いましたね。度胸だけは尊敬します。あ、もしもし警察ですか」
「おーい風紀委員! 私の後輩が校内でスマホ使ってるぞー! 校則違反だー!」

 その格好でよく両手を振って通報できますね。うちの風紀委員、怖いって有名なのに。ちなみに顧問の生徒指導担当の教諭はもっと怖い。

 まあ、先輩が泣きながら生徒指導室から出てくる羽目になってもおれは一向に構わないが、とそこまで考えて思考を元に戻す。

「あなたの後輩になった覚えはありませんよ」
「ん?」

 と先輩は手にしたパイプを咥えて、いかにも思索にふけっていますと言わんばかりのポーズになる。よし、未成年喫煙の現行犯だ。今度こそ本当に110番通報してやる。と思ったが、パイプの先から出てきたのは煙ではなくシャボン玉だった。

「おかしなことを言うね。私は3年生、そして君は入学したてほやほやの1年生。同じ高校に通う生徒である以上、君は私の後輩にあたるはずだが?」
「おれが言ってるのは部活の中での先輩後輩って意味ですよ。何度も言いますけど、先輩の胡散臭い部活には入りませんからね」
「し、失礼な! 臭いってどこが臭うんだ!? 足か、腋か、言ってみろ!」

 乙女に向かって臭いだなんて、と先輩は涙目になる。
 やめてくださいよ、おれが泣かせたみたいじゃないですか。そもそも毎日読書してるのなら胡散臭いの意味くらい分かってくださいよ。

「うぅ……明智くんに臭いって言われた。もういぎでげなぃ……」
 うわ、本当に泣きだした。

「あーもう、わかりました。訂正します。先輩の部活からはフローラルな香りがぷんぷんします」
「ホントか!」
「……はい。ずっと嗅いでたいくらいには」
「じゃあ入部は」
「しませんけど」
「ちぇっ」

 一瞬で先輩はしかめっ面になる。怪人二十面相もびっくりの変わり用だ。

「そもそも推理小説を読むだけの部活に部員なんて要らないでしょ」
「ちっちっちっ、謎解きだけが活動ではないのだよ」
 先輩は得意気に指を振る。そこは謎解きだけにしてくださいよ。

 本格ミステリ研究部。
 先輩が部長を務める部活だ。現在の部員は先輩のみ。部活としての人数は満たしていない、先輩が勝手に名乗っているだけの極めて概念的な部活だ。活動の半分は先輩がひとりでミステリを読んでいるだけなのだが、問題はもう半分だ。

 部活名にある『本格』とはミステリでは謎解きに重きをおく作風をいうらしい。がしかし、先輩にとっての『本格』はまた違っていた。

「今度は何のトリック検証です。密室ですか、時刻表ですか、それとも動物を使うやつですか」
「よく覚えているね。しかし残念。どれもハズレだ」

 先輩は部活動と称して学校やその周辺で変なことをしている。
 この前は施錠された空き教室から脱出しようとしていたし、さらにその前は駅で変な電車の乗り方をしていた。ひどい時には学校に犬猫を連れ込んでトリックの手伝いをさたこともあったりと、その迷惑行為は多岐にわたる。

「しかも、ホームズのコスプレまでして」
「コスプレとは失礼な。これは変装だよ。へ・ん・そ・う。意外と高かったんだからな」
 金額を聞いておれは、この人ホントに馬鹿なんじゃないかと思ってしまった。

「そこまでして、おれと日英探偵同盟を組みたいんですか」
「対決するのだから、同盟ではないよ。いわば私と君は因縁のライバルだ」
「日々因縁を付けられてることは否定しませんよ」
 面倒な地元のヤンキーに絡まれている気分だ。思わず溜め息がでる。

 そもそも部員を確保したいだけなら、おれでなくてもいいはずだ。しゃべったことのない1年男子からはそこそこ人気もあるのに、この人はわざわざおれに声をかけてくる。
 まあ、先輩の愛読書を知っていれば理由ははっきりする。

「あんまり言いたくはないですけど」
 欠片ほど残っていた温情でそう前置きしてから。

「おれ、先輩の好きな明智小五郎とは名前以外なんにも似通ってませんよ」

 恥ずかしながらミステリどころか、子ども向けのナゾナゾにも苦戦する身だ。
 男の探偵は長身がスタンダードらしいが、おれはクラスでも小さい方から3番目。
 本物の明智小五郎は柔道の達人で、悪党さえビビって格闘するのを躊躇うらしい。おれは喧嘩どころかスポーツも苦手だった。

 しかもあの名探偵、おおよそ不得手なことが存在しないとまで称されている。おれはそんなチートキャラじゃない。

「おや、おかしなことを言うね」

 おかしなことをしてる人に言われたくありませんよ。そう誤魔化そうとした時だ。

「——私が、誰を好きだって?」
「明智小五郎ですよ。先輩がいっつもハードカバーで読んでるシリーズの……」

 いつ泣かれるか、おれは内心冷や冷やしていた。

 だけど、先輩はなぜかニヤニヤとしたり顔をしている。あれだ、自分だけストーリーの真相を知っていて、まだ知らない友達に向ける優越感のある笑み。

 ……待てよ。

 思えば変だ。先輩が好きなのは明智小五郎のはずなのに、なんでホームズのコスプレをしているんだ? しかも妙なことを言っていた。これはコスプレではなく変装だとか何とか。



「最初に言ったじゃないか。——探偵として、私と対決しないかい。明智くん」



 よくよく考えれば、おれが探偵になって対決するとして、必ずしも先輩も探偵である必要はない。

 もっとお似合いの役柄がある。
 ばさっ、と脱いだコスプレ衣装が宙を舞う。確かに、それは変装だった。

 どこに隠してたと言いたくなるようなシルクハットに真っ黒なマント。早変わりした先輩はまるで——

「ふっはっはっ! というわけで君の大事な通学定期はいただいていくよ」
「えっ」

 どういうわけか微塵も理解できていないが、白手袋をした先輩の手には見覚えのある定期入れがあった。まさか今の一瞬で? 咄嗟にポケットの中身を引っ張り出す。定期入れは無事だし、通学定期もきちんと入っている。すり替えられてもない。なんだ、ただのはったり——

「えいっ。もーらいっと」
 すぱっと手の中から定期入れが掻っ攫われた。

「あっ、ちょ、え、えっと……どっ、泥棒!」
「泥棒とは失礼な、私は怪盗だよ。これからは二十面相先輩と呼ぶように」
 いや長いわ。あと手口が小狡い。

「それより返してくださいよ」
「いいや、断る。もとより君を帰す気は毛頭ないのだから」

 おれのことじゃなくて定期券ですよ。金額でいえば先輩の脱ぎ捨てたコスプレ衣装とトントンなのだ。なんとしても取り返さないと。

「では、さらばだー」

 大袈裟にマントを翻し、先輩は階段を駆け上がっていく。おれも2段飛ばしであとを追う。しかし、ああ見えて先輩は意外とすばしっこい。

 あれ……どこいったんだ?

 階段を上りきると、床につくほどの黒マントは影も形もなくなっていた。代わりに手書きのメッセージカードが落ちている。
 
  捕まえてみなよ、明智くん
            二十面相先輩より
 
 間違ってもその名前で呼ぶことは絶対にないが、あの人は是が非でもおれと対決したいらしい。これは本当に探偵をしないといけないようだ。

 涙目で連行される先輩の想像をモチベに、おれは行動を開始した。まずはあの人がいそうな空き教室からだ。扉に手をかけ、ガラガラと引き開ける。

 本の中の名探偵には遠く及ばないだろうが――

 必ず生徒指導室にぶちこんであげますよ、先輩。

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