???

文字数 1,099文字

 ――はじめて人を刺した。

 女だった。季節柄、肌を露出した人間は多いが、あの女ほど際どいやつはそういない。水商売をしているのは明らかだった。
 店から帰ってくるなり上着を脱ぎ捨て、そのままの格好でベッドに倒れ込んだ。よっぽど疲れていたのだろう。待つ間もなく寝息が聞こえてきた。

 カチコチ、と時計の針の進む音だけがする。

 おれは足音をたてない。そっと忍び寄り、汗ばみつつある首筋に狙いを定めて――……

           ◯

 余裕だった。楽勝だった。
 はじめてだったが、何の抵抗もなく、こんなにも簡単なのかと拍子抜けしたくらいだ。満足感と優越感があった。

 けたたましく鳴るサイレンの音が聞こえる。マンションの下に赤ランプを点滅させた車両が迫っていた。だが、慌てることはない。どうせ部屋に入ってきたところで見つけられるはずがない。
 おれは余韻に浸りながら、部屋の扉が開くのを待った。

 しばらくして、もう一人の女が帰ってきた。スーツを着たOL風の女だ。二人はルームシェアをしているらしい。

「理沙? ……もう、帰ってるなら冷房くらいつけといてよね。まったく……」

 かなり暑がっているようで、女は上着を腕にかけたままブチブチとブラウスのボタンをはずしていく。
 そして、それが終わらぬうちからエアコンのリモコンを手に取った。苛立たしげにボタンを連打し、部屋の温度を下げる。
 おれがそばにいることに気づく気配はまったくない。二人目も楽勝だ。

 次はどこを狙おうか。
 二人とも首筋というのも芸がない。まくりあげた腕か。スカートの下から覗く足か。それとも――

「はぁー、あっつ」

 ブラウスを脱ぎ捨て、露になった胸元か。
 じっくりと、無防備になったその体を見聞していると、

「……ちっ」

 女が突然舌打ちをした。
 まさか、気づかれたのか。そんなはずはない。現に女はおれに見向きもせず、一直線に戸棚へと向かっていく。

 半裸姿のまま中を漁ると、箱を取り出した。鶏の絵が描かれた厚紙製の箱だ。そして箱から緑色の渦巻きを取り出し、あろうことか煙草に火を点けるような気楽さで、それに火を点けた。

 おれはぞっとした。すぐにこの部屋から逃げないと。だが扉も窓も閉め切られている。おまけにエアコンの風に乗って、煙がこっちに流れてきた。

 体が麻痺してくる。(はね)を動かすのもままならない。高度を維持できず、床に落ちる。

 くそ……、これだから()()()()()は……嫌い、なんだ……
 





あとがき(ネタバレ)
 書いてから知ったのですが、蚊のうち血を吸うのはメスだけらしいです。なので、この小説の語り手は一人称「おれ」ですがメスということになりますね、へへへ(汗)。
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