『勝也*小国を席巻す』 中編2

文字数 2,754文字

 物産展には長居したが、ようやく二人は店を出て、ライブ会場に向かった。
 開場まで1時間あったが『開場待ち』も、ライブ会場独特の『醍醐味(だいごみ)』である。

 しばらく歩を進めていると、勝也が急に首をひねり始めた。

「大丈夫かな~。なんか心配だな~」
 ブツブツ独り言を、小声で(つぶや)いている。

 そして立ち止まり。

「この御土産(おみやげ)……、不良品だったらヤバイよな。確かめてみようかな」

「えっ……。って云うかさー。
 それ……、なに?」
 桃子は横目で、勝也が大事そうに抱える、小ぶりなゴルフバックみたいな布製の袋を見た。

 勝也は、得意満面の顔で。

(やり)や」

 桃子の、まばたきが早くなるのは、当然と云えば当然であろう。

「おい……、アホカ……。今時『ヤリ』買って、どうすんねん。
 庶民を先導して『百姓一揆』でも起こすんかい」
 桃子は、半ギレになっている。以前は、勝也が話す『偽大阪弁』を、痛烈に非難していたが、桃子も使っている。やはり、キレた時のツッコミは『大阪弁』に、かなう言葉は無い。

「今、組み立ててみようかな」
 勝也は桃子の『キレ、ツッコミ』など、おかまい無しに、問いかける様に言った。余程(よほど)、心配だったのであろう。

 桃子にも、心配はある。

「で……。なんぼや……?金は、なんぼや?」

「25,000円だけど……税込みで。何か……」
 勝也は『槍』の事で、頭がいっぱいになっている。

 桃子は、金額を聞くと『この世の終わり』的な表情になり、天を(あお)いだ。

 そして(あきら)めたのか、大きく深呼吸して一言。

「ほな……、試してみよか。不良品やったら、交換してもらわな……なー。時間無いで~」
 『偽大阪弁』は、継続しているが、怒りは収まった様である。桃子のメンタルも並外れている、これでないと勝也とは結婚できなかったであろう。

 勝也が購入した『槍』は、戦国時代に結城の殿様、結城晴朝が使用した長槍『御手杵(おてぎね)』のレプリカである。長さが3.6メートルあるので3分割で収納でき。持ち手の部分、中間部分、剣の部分、それぞれ1.2メートルずつになっている。接合部分がネジ式になっていて、道具を使わず手で回せば、3.6メートル長の『長槍』が完成するのだ。
 
 先端にある剣の部分は、プラスチック製であるが、柄の部分は木製である。金額が金額だけに、おもちゃ的な要素は無く、中々良い作りの『ガチ、レプリカ』であった。

 恐らく勝也は、ネジの部分が心配だったのだ。

 二人が立ち止まった所は、信用金庫専用駐車場の前である。丁度15時過ぎであり、車も空いている。すかさず二人は、その場を借りて、共同作業で、組み立てが始まった。
 
 作業は簡単、二か所を手で、ねじ込むだけである。あっという間に『御手杵』の長槍が完成した。どうやら不良品では無さそうである。
 流石に25,000円(税込)、作りが違う、遠めに見ると本物と見間違いそうである。
 
 ご満悦の勝也は、槍を片手に、歌舞伎俳優のスタイルで決めている。
 桃子も、嬉しそうに『勝也の武将姿』を、スマホで写真撮っているのだ。
 
 更に、勝也は調子に乗り、ひと気が無い駐車場で、槍を振り始めた。桃子も動画に切り替え、スマホで撮影をしている。
 
 すると、一瞬。

 『ポキッ』

 嫌な音が聞こえた。音の表現は難しいが、()(かく)『木製品にとっての嫌な音』としか、言い表せない。
 
 二人も、気が付いた様で。
 
 「あれっ……」
 と、声を漏らした。
 
 そして又、収納する為、分解を始めたのである。
 
 
 まず、柄の部分1.2メートル、取り外し完了。続いて中間部分と先端の剣部分を手で回した。
 
 所が回らない。とても硬くて、二人掛かりでも回らないのだ。
 
 慌てて説明書を見ると『観賞用なので、振り回したり無理な力をかけないでください』と、記してあったのである。
 
 まぁまぁ、そろそろ何かを『やらかす』頃だとは、思ってましたよ……。
 
「ヤバイ……、どーする?」
 勝也は、自問自答とも桃子に相談するとも、つかない小声で(つぶや)いた。

「かっちゃん、ライブ開場30分前だよ」
 桃子の言う通りである。そうだ、今日は結城観光では無く、ライブ目的なのだ。

 二人の行動は、それすらも忘れさせるパワーを感じる。

 しかし、これから先の行動が怖い、怖すぎる。

 結果二人は、槍を片手に歩き出した。

 そのままライブ会場『結城アクロス』に向かったのだ。

 結城の観光物産店から『アクロス』までは、駅の連絡通路を通ると近道になる。二人は最短ルートを選択したのだ。


 人口5万人の都市とは云え、やはり駅に近づくと、人通りが増えてくる。まして今日は『ジエ様』降臨(こうりん)の日である。

 勝也は右手に、長さ2.4メートルの槍を持ち、左手には布製の袋に入った、柄の部分を持ちながら歩いている。桃子も勝也の後を追う様に、続いているのだ。

 
やはり勝也の『心遣い』は、素晴らしい。歩行者が増えてくると、危険を察知し、手に持つ槍を縦持ちに変えた。軽く、つえ代わりに使っている様にも見える。
 しかし、良く見ると、槍の下の部分が、勝也の足の上に乗せられているのである。
 
 多分、ネジ部を保護しているのであろう。
 さすが『勝也』同じ失敗を繰り返さない学習能力は、三十数年を経て、今の今、開花したのだ。
 
 
 所が、そんな二人を結城市民や、他方から来た『ジエ*ファン』は、快く受け入れてはくれなかった。
 
 個性は尊重すべき権利である。
 
 しかし『槍』を片手に、歩行と共に上下させ、肌寒い三月にド派手なロンT一枚。更に、ペアのTシャツを着た女子が、後に続いているのだ。しかも二人には、人目を気にする様な素振りが一切ない。
 
 『異様な光景』としか、言い表せ無いのだ。
 
 とは云え、発想を転換すると。
 結城市で『御手杵が闊歩(かっぽ)』するのは、約450年ぶりである。勝也は、結城の歴史に名を刻んだのだ。

 戦国の世に生まれていれば、一国位は取れたかもしれない。
 
 結城駅の連絡通路を、無事通過した二人は、目的地『アクロス』まで、数百メートル。
 
 ここまで二人は、無傷で進軍している。ここからは、道幅も広くなり、悠々(ゆうゆう)と『アクロス』に、到達できるであろう。
 
 勝也も、前を行く人々が、次々と道を(ゆず)る状況に、気を良くした様で。
 『戦国武者』を意識した荒々しい表情で、すり足になり、後ろにいる桃子を『姫』と、呼んで笑っていた。

 それを、上空から見たなら、勝也を頂点に『槍』を、避ける人々が、きれいなVの字型になっていたであろう。
 敵軍に突入する、先鋒(せんぽう)の様である。
 
 方や、周りの人たちにとっては、かなり迷惑な話である。いくらレプリカとは云え『ジエチル』のライブに、槍を持参で来る人など『前代未聞』に違いない。

 『触らぬ神に(たた)りなし』誰も、変わり者には近づきはしないであろう。
 
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