『ジエチル*エテンザミド@トリプトファン+』 前編
文字数 3,291文字
『ジエチル*エテンザミド@トリプトファン+』
勝也が所属するバンド『リトマス*エチルフラスコ』のラストギグス(ラストエアギター?)を見届け。
勝也の『ガチ白目』を、存分に堪能した桃子ではあるが。
当日の夜は、流石に興奮のあまり、なかなか寝られなかった様であった。
『嘘情報』を発信した自戒の念、楽器屋への謝罪の念も、心をざわつかせていたのであろう。
やはり『嘘』は、心にも健康にも良く無いのだ。
それから半年後、勝也と桃子は目出度く結婚したのである。
他人の結婚など、1ミリも目出度くはないが、一様『良識』として『目出度く』を、付け加えさせてもらった。
流石に熱愛カップルだけあり、当初は、かなりの『ラブラブ』ぶりであったが。
『何時まで、持つ事やら』と思うのは、ひがみであろうか。
しかし、このカップルは、万人を裏切らない。
入籍後1か月2か月と、月を追う毎に、熱の下がり具合が如実に見て取れるのだ。きれいな右肩下がりを描く、折れ線グラフで表記したい程である。
他人の『幸福』は、さほど嬉しくないが『少し位の不幸』は、多少の興味が湧いてくる。
誰しもが『人間失格』なのかもしれない。
「かっちゃん最近、全然ギターの練習してないね。なんか変な、ウクレレみたいなギター買って来てさー。エアギターの練習って、カッコ悪くね」
桃子は言いながら、横目右斜め下45度の角度(いわゆる、見下す角度)で、コンパクトサイズのギターを見た。
「バカヤロー……。俺さ~、既にギターを極めちゃってるんだよね~。だ・か・ら~、後から始めた『エア』を、集中的に練習してるの」
『キムタク』バリのドヤ顔は、未だに健在である。当然、舌で右頬を膨らませている様ではあるが。
メタボ民の頬は固く、舌で押す力に抗い、全然膨らまないのだ。
結果ここ数年、完璧な『キムタク』は、完成されていない。
「あっ、そぅ……。
崇拝する『ジエチル*エテンザミド』様は、サイドギターを追加して、未だに隆盛を極めてるっていうのにね~。
バンド名も変えて『ジエチル*エテンザミド@トリプトファン+』だって……」
言いながらも。桃子の視線は、ウクレレみたいなギターに向けられている。
「何だか、長ったらしいバンド名だなー。アホカ!ちゅうねん。
怪しげな薬品に、ミネラルをプラスしただけやないかーい。
俺様は~、ギターとエアギターの二刀流や」
勝也には勝也の『薄っぺらな信念』が、感じられる。
ただし、大谷君とは人格も次元も違い過ぎる。軽々しく『二刀流』を、使用してもらいたくない。
「あのさー。その、訳の分からない大阪弁使うの、やめてくれない。
なんか、むかつくんだよね」
熱愛を経験したカップル程、熱が冷めた時の冷酷さが、はなはだしい。
勝也は、いたたまれず立ち上がり、台所にある換気扇の下でタバコを吸い始めた。
そして、冷蔵庫に磁石で付けてあるカレンダーを、ぼんやり見ていると。
いきなり。
「桃子……、来月誕生日じゃねーかよ」
勝也が、驚いた様に言った。
「何、それ……。その驚きの表情は?おめー……まさか……」
桃子は、持っていたスマホを机に置き、勝也の顔をにらんだ。
更に続けて。
「無い無い……。結婚三か月で、新婦様の誕生日を忘れてる~。流石に、それは無い……。かっちゃん演技上手いねー」
桃子は既に、般若の形相になっている。
「何だよ、ももちゃん……。変な事、言うなよ~。忘れるはずねーだろうー。どえりゃー、プレゼント考えとるでよー。がっはっはっ」
勝也は完璧に、忘れていた様である。
まず、呼び方がおかしい。普段呼びで『桃子』が『ももちゃん』と、カワイイ呼び方に変換されている。これは勝也が、やましい気持ちを抱いている時に使う手法なのだ。
更に後半の『名古屋弁』は、その場しのぎ時、のアドリブで。今回は、たまたま『名古屋弁』であったが『大阪弁』『広島弁』『博多弁』など多種多様、緊急時に使いこなす目くらまし戦法は、勝也の常套手段である。
最後の『高笑い』は、完璧に忘れていた事を証明した。
「だよねー。忘れとったら、どえりゃーキレたるでよー。きゃっはっはっ」
桃子は、完全に読み取っている。笑顔でいるが、目が笑っていないのだ。
何より『名古屋弁』の、返しが怖い。
その冷たいまなざしを、恐々と見た勝也は『ゴクリ』と、唾を呑み込み。
「待っとってちょー」
笑顔で言ったが、目が死んでいた。
数日後の土曜日、勝也は牛久から常磐線に乗り、東京に行った。昨日銀行で引き落としを、していた事から推測すると、桃子への誕生日プレゼントを買いに来たのであろう。
しかし、勝也のプレゼントを選ぶセンスには、一抹の不安が付きまとう。
先日も勝也と桃子で、焼肉屋「西大門」に行った時、バイト上がりの若者が、エルメス柄のシャツを着ていたのを見かけ。
「うわー、チョーかっこよくねー」
勝也は大絶賛。
「無いな」
桃子の一言で、話は終了~。
兎に角、衣服やアクセサリーの好みが合わないのだ。齢の差12歳も、加味しなければならないが、ぶっちゃけ『勝也はダサい』
そんなもので、二人が付き合いだしてからは、桃子が勝也の服やアクセサリーをチョイスしていたのである。
勝也が銀行に行って、お金を下ろす程の、高額商品を予定しているのであれば、不安しかない。くれぐれも焼肉屋「西大門」に勤める、若者のイメージだけは忘れてほしいと、心から思う。
恐らく前もって、店舗は調べていた様である。東京に着いた勝也の足取りは軽い。
そしてスマホを片手に丸の内を歩いていると、ある店舗の前で立ち止まり、中を覗いているのだ。
『ヤバイ』エルメスだ……。想定内ではあるが、その中でも最悪の事態である。
『やめろー……、やめてくれー……。今なら、まだ間に合う。
『結城のヤモリ』結城晴朝は、見習わなくていいぞー。
ここはセレブのみが入れる店舗だ。せめて、アウトレットモールで免疫をつけてからにしろー!
とは云え、流石にハイブランド、田舎者が中々すんなり入れるものではない。
所が、この男のメンタルは尋常では無かった。それがバンドのライブに生かせない所が、もどかしい。
入り口に立っている、頑強なガタイを持つドアマン兼、警備員に。
「あれ……。今日、何かあったんすか~。強盗だったりして、がっはっはっ」
完璧に警官だと思っている。
当然ドアマンは笑顔で。
「事件等は一切、御座いません。いらっしゃいませ」
涼しい顔でドアを開けた。
店内に入った勝也は、お好みの柄を探したが、中々見つからない。いわゆる『エルメス柄』は、あるのだが数年前からド派手な配色では無く、シックな配色にシフトしていたのだ。
勝也が妥協した様に、渋々プライスカードを見ると。途端に顔色が変わり、指で一桁ずつ確認をしている。
ちなみに、入店から販売員が、密着マークで勝也の後方に付き、話しかけているが、一切勝也の耳には入っていない様であった。店舗の雰囲気に負け、幾分いつもの悪い癖『あがり症』が出てきたのであろう。
その後『値段』という、厚く高い壁を目の当たりにした勝也は、手に取ったシャツを丁寧に戻すと、きれいな『ムーンウオーク』で店を出た。
礼儀正しい勝也は、入り口のドアマンに敬礼をして、そそくさと立ち去ったのである。
恐らく、未だに警官だと思っているのだ。
東京のド真ん中に、田舎者が休まる居場所など無い。
勝也は店を出てから、一旦落ち着こうと、スマホで喫煙所を検索した様である。それ調べるなら『ハイブランドの値段を、前もって調べろよ』とも思うが、そこが勝也のカワイイ所でもある。
他にも、ブランド店を回り物色した様であるが、勝也の趣味が異質すぎて、中々めぼしい商品が見つからない。
結果、予算に合うプレゼントは買えなかったのだ。
帰りの常磐線は、珍しく寂しそうであった。都会に抗えず『負け犬』感を、抱いていたのであろうが。
十分、都会に抗っていた。特にエルメスでは『かなりの爪痕を残した』と思われる。
勝也が所属するバンド『リトマス*エチルフラスコ』のラストギグス(ラストエアギター?)を見届け。
勝也の『ガチ白目』を、存分に堪能した桃子ではあるが。
当日の夜は、流石に興奮のあまり、なかなか寝られなかった様であった。
『嘘情報』を発信した自戒の念、楽器屋への謝罪の念も、心をざわつかせていたのであろう。
やはり『嘘』は、心にも健康にも良く無いのだ。
それから半年後、勝也と桃子は目出度く結婚したのである。
他人の結婚など、1ミリも目出度くはないが、一様『良識』として『目出度く』を、付け加えさせてもらった。
流石に熱愛カップルだけあり、当初は、かなりの『ラブラブ』ぶりであったが。
『何時まで、持つ事やら』と思うのは、ひがみであろうか。
しかし、このカップルは、万人を裏切らない。
入籍後1か月2か月と、月を追う毎に、熱の下がり具合が如実に見て取れるのだ。きれいな右肩下がりを描く、折れ線グラフで表記したい程である。
他人の『幸福』は、さほど嬉しくないが『少し位の不幸』は、多少の興味が湧いてくる。
誰しもが『人間失格』なのかもしれない。
「かっちゃん最近、全然ギターの練習してないね。なんか変な、ウクレレみたいなギター買って来てさー。エアギターの練習って、カッコ悪くね」
桃子は言いながら、横目右斜め下45度の角度(いわゆる、見下す角度)で、コンパクトサイズのギターを見た。
「バカヤロー……。俺さ~、既にギターを極めちゃってるんだよね~。だ・か・ら~、後から始めた『エア』を、集中的に練習してるの」
『キムタク』バリのドヤ顔は、未だに健在である。当然、舌で右頬を膨らませている様ではあるが。
メタボ民の頬は固く、舌で押す力に抗い、全然膨らまないのだ。
結果ここ数年、完璧な『キムタク』は、完成されていない。
「あっ、そぅ……。
崇拝する『ジエチル*エテンザミド』様は、サイドギターを追加して、未だに隆盛を極めてるっていうのにね~。
バンド名も変えて『ジエチル*エテンザミド@トリプトファン+』だって……」
言いながらも。桃子の視線は、ウクレレみたいなギターに向けられている。
「何だか、長ったらしいバンド名だなー。アホカ!ちゅうねん。
怪しげな薬品に、ミネラルをプラスしただけやないかーい。
俺様は~、ギターとエアギターの二刀流や」
勝也には勝也の『薄っぺらな信念』が、感じられる。
ただし、大谷君とは人格も次元も違い過ぎる。軽々しく『二刀流』を、使用してもらいたくない。
「あのさー。その、訳の分からない大阪弁使うの、やめてくれない。
なんか、むかつくんだよね」
熱愛を経験したカップル程、熱が冷めた時の冷酷さが、はなはだしい。
勝也は、いたたまれず立ち上がり、台所にある換気扇の下でタバコを吸い始めた。
そして、冷蔵庫に磁石で付けてあるカレンダーを、ぼんやり見ていると。
いきなり。
「桃子……、来月誕生日じゃねーかよ」
勝也が、驚いた様に言った。
「何、それ……。その驚きの表情は?おめー……まさか……」
桃子は、持っていたスマホを机に置き、勝也の顔をにらんだ。
更に続けて。
「無い無い……。結婚三か月で、新婦様の誕生日を忘れてる~。流石に、それは無い……。かっちゃん演技上手いねー」
桃子は既に、般若の形相になっている。
「何だよ、ももちゃん……。変な事、言うなよ~。忘れるはずねーだろうー。どえりゃー、プレゼント考えとるでよー。がっはっはっ」
勝也は完璧に、忘れていた様である。
まず、呼び方がおかしい。普段呼びで『桃子』が『ももちゃん』と、カワイイ呼び方に変換されている。これは勝也が、やましい気持ちを抱いている時に使う手法なのだ。
更に後半の『名古屋弁』は、その場しのぎ時、のアドリブで。今回は、たまたま『名古屋弁』であったが『大阪弁』『広島弁』『博多弁』など多種多様、緊急時に使いこなす目くらまし戦法は、勝也の常套手段である。
最後の『高笑い』は、完璧に忘れていた事を証明した。
「だよねー。忘れとったら、どえりゃーキレたるでよー。きゃっはっはっ」
桃子は、完全に読み取っている。笑顔でいるが、目が笑っていないのだ。
何より『名古屋弁』の、返しが怖い。
その冷たいまなざしを、恐々と見た勝也は『ゴクリ』と、唾を呑み込み。
「待っとってちょー」
笑顔で言ったが、目が死んでいた。
数日後の土曜日、勝也は牛久から常磐線に乗り、東京に行った。昨日銀行で引き落としを、していた事から推測すると、桃子への誕生日プレゼントを買いに来たのであろう。
しかし、勝也のプレゼントを選ぶセンスには、一抹の不安が付きまとう。
先日も勝也と桃子で、焼肉屋「西大門」に行った時、バイト上がりの若者が、エルメス柄のシャツを着ていたのを見かけ。
「うわー、チョーかっこよくねー」
勝也は大絶賛。
「無いな」
桃子の一言で、話は終了~。
兎に角、衣服やアクセサリーの好みが合わないのだ。齢の差12歳も、加味しなければならないが、ぶっちゃけ『勝也はダサい』
そんなもので、二人が付き合いだしてからは、桃子が勝也の服やアクセサリーをチョイスしていたのである。
勝也が銀行に行って、お金を下ろす程の、高額商品を予定しているのであれば、不安しかない。くれぐれも焼肉屋「西大門」に勤める、若者のイメージだけは忘れてほしいと、心から思う。
恐らく前もって、店舗は調べていた様である。東京に着いた勝也の足取りは軽い。
そしてスマホを片手に丸の内を歩いていると、ある店舗の前で立ち止まり、中を覗いているのだ。
『ヤバイ』エルメスだ……。想定内ではあるが、その中でも最悪の事態である。
『やめろー……、やめてくれー……。今なら、まだ間に合う。
『結城のヤモリ』結城晴朝は、見習わなくていいぞー。
ここはセレブのみが入れる店舗だ。せめて、アウトレットモールで免疫をつけてからにしろー!
とは云え、流石にハイブランド、田舎者が中々すんなり入れるものではない。
所が、この男のメンタルは尋常では無かった。それがバンドのライブに生かせない所が、もどかしい。
入り口に立っている、頑強なガタイを持つドアマン兼、警備員に。
「あれ……。今日、何かあったんすか~。強盗だったりして、がっはっはっ」
完璧に警官だと思っている。
当然ドアマンは笑顔で。
「事件等は一切、御座いません。いらっしゃいませ」
涼しい顔でドアを開けた。
店内に入った勝也は、お好みの柄を探したが、中々見つからない。いわゆる『エルメス柄』は、あるのだが数年前からド派手な配色では無く、シックな配色にシフトしていたのだ。
勝也が妥協した様に、渋々プライスカードを見ると。途端に顔色が変わり、指で一桁ずつ確認をしている。
ちなみに、入店から販売員が、密着マークで勝也の後方に付き、話しかけているが、一切勝也の耳には入っていない様であった。店舗の雰囲気に負け、幾分いつもの悪い癖『あがり症』が出てきたのであろう。
その後『値段』という、厚く高い壁を目の当たりにした勝也は、手に取ったシャツを丁寧に戻すと、きれいな『ムーンウオーク』で店を出た。
礼儀正しい勝也は、入り口のドアマンに敬礼をして、そそくさと立ち去ったのである。
恐らく、未だに警官だと思っているのだ。
東京のド真ん中に、田舎者が休まる居場所など無い。
勝也は店を出てから、一旦落ち着こうと、スマホで喫煙所を検索した様である。それ調べるなら『ハイブランドの値段を、前もって調べろよ』とも思うが、そこが勝也のカワイイ所でもある。
他にも、ブランド店を回り物色した様であるが、勝也の趣味が異質すぎて、中々めぼしい商品が見つからない。
結果、予算に合うプレゼントは買えなかったのだ。
帰りの常磐線は、珍しく寂しそうであった。都会に抗えず『負け犬』感を、抱いていたのであろうが。
十分、都会に抗っていた。特にエルメスでは『かなりの爪痕を残した』と思われる。