『ジエチル＊エテンザミド＠トリプトファン＋』　後編

　
　いよいよ朝８時、桃子の誕生日サプライズ開始。

　会場の照明は、一旦暗くなった。
　
　そしてソロアーティスト『リトマス＊エチルフラスコ＠アルギニン』こと勝也が、舞台袖からステージ中央へ姿を見せた。

「かっちゃん、がんばってー。パチパチパチ」
　桃子の声と、拍手が響いている。
　
　多分、勝也は今『ドヤ顔』している事であろう。
　
　
　微かにアコギの音が聞こえる。最終の微調整で、音色を確かめている様だ。
　
　しばらくすると。
　
　「桃子―、誕生日おめでとうー。
　　これからも、俺と『リトマス＊エチルフラスコ＠アルギニン＋』よろしくー」
　言い終わると、照明が一気に明るくなった。そして勝也に、スポットライトが当たったのである。

　市民会館の小ホールに、そんなサービスなど無い。
　勝也『恐るべし』職員を買収したな。多分、照明の変化は、もうないだろうが……。
　
　
　勝也が客席最前列の桃子に、手を振りかけた時。
　
　突如、割れんばかりの拍手が沸き起こったのだ。小さい会場ならではの音響効果ではあるが、その数三十人以上は、いそうである。
　
　桃子は『勝也のサプライズ』を、うすうす感じていたのであろう。
　そして、いつもの癖で『大勢に声をかけまくった』結果であると思われる。それも勝也の為に盛り上げ様と、思いやりの心で集めたに違いない。
　
　勝也も勝也なら、桃子も桃子である。お互い似た者同士、惹かれ合う気持ちは重々理解できる。
　しかし、今日ではないだろう。
『いらん事して……』と、思うのは勝也だけであろうか。

　案の定、勝也の黒目が上がり、白くなり始めている。バンド仲間に頼れないソロ演奏の恐怖と、想定外の観客。
　『あがり症』が出る要素は、整っているのだ。

　所が、さすが桃子。いち早く状況に気づき。

「かっちゃん……。リラックス、リラックス。頑張ら無いで―」
　今更遅い、そんな言葉など、勝也の耳には入らないであろう。

　『ジャーン』演奏が始まった。

　始まりの『リフ』は良いねー。さすが、ギター歴二十年。
　
　良いよ、良いよー。その調子で歌い出せー。

　そしてボーカル始動…………。

　やはり曲は『ラブユーオンリー』の、替え歌であった。
　
　『君』の部分を『モモコ』に変えただけで、ひと月かかった割には陳腐に思える。しかも譜割が、しっくりこないのだ。
　
　誠に差し出がましいが『モモコ』は『モモ』で、いった方が良かったのではないか？勝也君。

　とは云えども、観客の前でソロの割には、そこそこ『戦っている感』が、うかがえる。
　黒目も『ギリ』維持しているのだ。

　今日は、やりきるかもしれない。このまま二番に突入だー。

　と、思った瞬間。

　一番を繰り返している、普通に歌詞が『飛んだ』な。しかもギターコードと、歌詞が微妙にずれ始めてきた。

　緊張と譜割の悪さが、たたったのであろう。次第にギターの音色が小さくなっている、自分でも分かっているのだ。

　耐えろー、もう少し。
　有終の美『サビ』だけでも決めろー。

　が……。

　勝也『いさぎ良し』

サビ前に、アコギを床に置いて立ち上がった。伴奏なしのアカペラで、サビを決めるつもりだー。

　そして。
　
　何とか、決まった。そこそこ『カッコイイ』
　これからも、ギター無しの方が…………。深く考えるのはやめよう。

　桃子は既に泣いている、勝也の懸命な演奏に感動したのであろう。
　更に、会場全体『拍手喝采』である。

　けっして上手いボーカルとは言い難いが、勝也が常々言っている『音楽はハートだぜー』を、しみじみ実感させていただいた。
　
　曲が終わると、桃子をステージに上げ。拍手の中、二人、抱き合ったのである。
　
「最高の誕生日プレゼントありがとー。かっちゃんのこと、チョー好き～、大大好きー」
　桃子は、最高の微笑みで言った。言われた勝也も笑顔で答えた。ここで『キムタクのドヤ顔』だろー、とも思うが二人とも嬉しそうであり、心配した側としても嬉しさは、ひとしおである。
　
　
　結果、二時間貸し切りの小ステージは、二十分足らずでエンディングを迎えたのだ。呼ばれた観客も、はた迷惑ではあろうが、全員笑顔で帰った様である。
　
　その後二人は、恋人同士の頃と同じ様に、手をつなぎ笑顔で『吉野家』に入っていった。
　
　勝也と桃子は、かなりの領域に於いて『間抜け』であるが、最後は上手く、まとまってしまう。意図した行動では無いのに、なぜか『ハッピーエンド』で終わるのだ。
　
　なぜであろう。
　
　勝也と桃子の様に『純真無垢』を、地で生きれば。答えを導き出せるかもしれない。
　
　多少『おバカ』になり『鈍感力』多めで、更に『無駄な頑張り』
　
　それを実践して『ハッピーエンド』シクヨロだぜー。