第4話

文字数 969文字

 それからおれはひたすら逃げた。仲間たちとも再びはぐれた。どれだけ移動したか、ようやく小さな水たまりを見つけ、辺りをうかがいながら足を止めた。
 小さな水の流れが草地の間を縫うように集まり、水たまりを作っていた。しゃがみながらヘルメットを脱ぐ。埃にすすけた顔を片手の甲でぬぐうと、水をすくった。冷たい。雪解け水がここまで流れてきているのだろう。夏とはいえ、夜は寒いくらいだ。顔を洗う。
 あいつ、苦しまなかっただろうか。ふと見捨てた仲間のことが頭によぎったが、すぐに現在地や進行方向、水や食料の確保ができるかなどが頭を占領した。救えない者のことはかまっていられない。自分のことが先決だ。優先順位に沿う行動が身体にしみ込んでいる。
 GPSを取り出した。現在地を確認しようとしたが、やはり作動しなかった。

 どういう理由なのかわからない。たとえわかっていても上層部の情報はおれたちには伝えないこともある。まさか、おれたちが衛星を利用して“やつら”の行動を監視したように、“やつら”も衛星を乗っ取ったのだろうか。
 不利な状況に、レーザー砲での対地攻撃も要請したことがあったが、許可されなかった。どうしてなのか。“やつら”のパターン、おれはそれが学習能力、模倣性のようなものだと思っている。もしそうならば、人間の攻撃と同じことをマネされることを怖れたのではと勘ぐっている。

 辺りには人影もなく、草地があり、ときおり岩が転がり、遠くに山が見える。風の音が聞こえるだけだ。こんなところで戦っているというのが不思議だ。
 再び両手を水たまりにつけようとして、そこに映る自分を見た。無精髭を伸ばし、髪はくしゃくしゃ、汚れた浅黒い顔。2年前のきちんとまっすぐにネクタイをした、ムカイという営業マンはどこにもいなかった。遠い別の世界の他人を思い出すような気分だ。

 本当に不思議な感覚だ。いまのおれは、日常とは関係のないこの辺境の地で、立って3分で食事をかき込み、“やつら”に銃弾を浴びせ続ける。丸1日と同じ場所に留まらず転戦し、仲間をひきずり、泥まみれではいずりまわった。疲れ果て、雨の雫に当たろうと、ごつごつした岩を背にしようが、眠りを貪った。眠っているときだけは、そんな状況を忘れられたのに、いまの眠れないおれは、こうしてずっと記憶を積み重ねていくだけだ。

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