第8話

文字数 1,097文字

「ムカイは兵士になった妹が捕まったのを助けようと無理しておまえらに撃たれて、だけどおれは助けられず撤退するしかなかったんだ!」
 両側にいた兵士がおれの両脇を固めた。まさか。そんな。兵士はおれを迎えに来たんじゃなかった。
「妹とは毎日話している」自分の声が震えているのがわかった。
 ミクニはコンピュータを指した。人工衛星が映っている。
「ムカイの妹は、“やつら”が乗っ取ったこのスパイ衛星に組み込まれたんだ」
 ぼんやりと、その衛星でおれたちの動きが捉えられているとかの話を聞いていた。混乱して頭が働かない。

「衛星を撃墜する準備はできてる」
 ミクニがそう言うのだけははっきり聞いた。
「妹は」
どうなるんだ。おれはどうなるんだ。そんな話、嘘だ。
「もう死んだんだ。ムカイもムカイの妹も。おまえらはムカイの身体を乗っ取ったんだ!この化け物!」ミクニは銃を取った。「研究用だ」と、片方にいた兵士が止めようとした。
 嘘だ。生きてる生きてる生きてる。
 おれは彼の手の銃を蹴り飛ばし、両脇の兵士を振り払い走り出た。ミクニがなにか叫んだと思う。

 キエラは18までヒキコモリだった。おれが無理やり頼み込んだコンビニにバイトにも行かせたが、すぐに客ともめごとを起こしてまた部屋にこもった。母さんは昔からおれたちよりおれたちよりパチンコ最優先。ため息とともに、ずっとずっと雪みたいに降り積もっていくものがあった。あるときとうとう家を出ていったんだ。妹がコンビニでもめた客が、ヒキコモリの原因になったかつての同級生だったと知ったのはその後のことだ。
 なんでいまそれを思い出したんだろう。なんで最近まったく眠れなくなったんだろう。どんどん不安が広がる。違うと言ってくれ、シバノと違うと誰か言ってくれ。

 基地を出てずっと走った。走り続ける。

「ひとりで部屋にいるの、つまんなかった」

 白くなって来る空に、キエラの明るい声がした。おれは疲れていたが、意識は冴えたまま進み続ける。
「だってそれじゃ私、別にいてもいなくてもいいよねえ」
 息があがる。必死で足を前に運ぶ。妹は本当に兵士だったのか。
「おれと同じ仕事、選んだのか」
「役に立ちたかった」すねたように言う。
「そんな仕事なら何でもあるじゃないか、看護士とか役所の何々課とか、ふれあいホームとか、不動産の事務とか」おれは早口でまくしたてる。
「不動産って」キエラが笑った。
「家探しのお役に立つだろ」
「お兄ちゃんの役に立ちたかった」
 言葉につまる。
「いっぱい迷惑かけたもんね。たった2つしか違わないのに」
 
 背負うのが重かった。だから仕事も家族も全部捨てたんだ。おれは捨てたんだよ、キエラ。

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