第9話

文字数 1,185文字

「もう来るな、危険なんだ」
 おれの元へもう来るな。“やつら”が閉じたネットワークをおまえが意識的につないだとき、居場所が突き止められるんだよ。ミクニたちはいま、衛星に照準を合わせているだろう。助けたかった。 “やつら”を倒せば阻止できるかもしれないじゃないか。100%不可能なんてものはないんだ。

 身体が奇妙に感じた。視界が広がりつつある。
「まだがんばれる。メンテナンスの13分だけは、思い出が、まだ私を私でいさせてくれる」
「行ってくれ!」

 一気に周りが360度見え、身体が奇妙な方向に折れ曲がった。その瞬間、すべてを理解した。“やつら”のことを。ここで生きるため、記憶を身につけ人間に似せたものを何度か失敗したがようやく作り出した。より機能が必然的に進化し、もろい人間とは少し違った人間のようなものをだ。

 おれは今、人間のようなものになり、4面に顔を持ち、自由に動く関節でより速く、より目的地へと機能的に動く。キエラの記憶移植は、衛星に人間の感情と記憶を学習させるためだ。
 今はよく分かる。地球的物質でない“やつら”は雲のような形であり、木に似せた形であり、人間に似せた形であり、衛星の形であり、そしてようやく作り出した不眠者のおれで、分裂してはいるがすべてでひとつの存在だ。

 だが、おれは“やつら”じゃない。キエラも道具じゃない。違う意思がある。記憶がそう言う。
 おれはトリガーにかけた指に力をためながら、待ち受ける“おれであるやつら”に向って行った。そうだ、妹を助けようとしたあのときのムカイと同じように。

「洗濯機でヘビ回したり、カエルのおしりにストローで空気入れたりしたよね」と、キエラが笑う。懐かしい思い出。

 銃弾が左肩の肉をえぐった。反動で身体がのけぞる。

「ハンバーグボウリング最高だった。転がしてテーブルぐちゃぐちゃになったけど」
 愛すべき思い出。銃弾が右足を貫通した。傾いて転びそうになる。

「ゴロゴロ石のときはうまくいって……」
 彼女の楽しそうな声は、あっけなくぷつっと途切れた。

 前へとよろめきながら銃を撃つ。
「ごめん」
4面のこの醜い顔から、雫がこぼれ落ちる。
「ごめんな」
 そう言うのが“やつら”なのかムカイなのか、もはやわからない。ただ、自分と同じ姿たちを撃ち続ける。ずっと痛かった。傷じゃない。胸の真ん中がぎゅうっと潰れそうに痛かった。


 360度の視界に、ようやく太陽が昇ってくる。薄青い静寂の時間。
 きっと毎朝、こうしてキエラを待つだろう。漆黒の闇に散らばる衛星の破片。彼女は破片となってずっと地球を周り続ける。おれはそれをきれいだと思った。
 まだがんばれる。おれは目を細め、大きく深呼吸した。

     
   13分キエラ おわり

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