第2話

文字数 1,357文字

 大きくため息をついて、銃を抱え直す。今日も日が昇れば、基地に向って出発だ。ミクニも戻っているかもしれない。
 2年、なぜ今もここにいるんだろう。シバノのようにスリリングな生き方がしたいはずもないのに、なぜここに留まっているんだろう。またため息が出る。

 そのとき、彼女の声が響いた。
「お兄ちゃん、アギエールの攻略できたっけ?」
いきなり昨日の話の続きだ。
 時計を見る。時間ちょうど。おれたち兵士は高性能デバイスを装備している。妹のキエラは毎日必ずこの時間に交信してきた。このところ交信がうまくいかないなか、キエラとだけは交信ができた。
 5日前、「やっと見つけた」と言う彼女の声を聞いたときは驚いた。交信システムにハッキングするのはとても高度な技術が必要だったからだ。何してるのかと聞くと、「こういうタルい仕事」と彼女はくすっと笑った。
「どこででたやつだっけ、それ」おれは聞き返した。
 ずいぶん昔のゲームの話だったが、それでも話さないよりマシだ。昨日のことを忘れたかった。
「最後の戦い!血しぶきがスローモーションで飛んで、壊れ方もすごいきれいだった」
キエラは生き生きとそのシーンのきれいさについて語るが、彼女の感性にはついていけない。まるで昨日からキエラはずっと、そのゲームのことしか頭にないようだった。
「見てない」
 疲れた頭で、昔を思い出そうとする。確かに学生の頃はゲームもしていたが、勤め始めると次第にやる気をなくしていった。ゲームのことだけ考えてるわけにはいかない。現実は考えなくてはいけないことがありすぎた。
「ゼツボウ的にヘタすぎたよね」
 妹はいたずらっぽく笑った。
「おまえみたいにずっとゲームしてるヒマなんてなかったよ」
 こんなこと言っていいのかと、ちょっと不安になった。まだ5日だ、何と言うか慣れてない。キエラとこうやって話すのはものすごい久しぶりだったから。

 おれはキエラと母さんと3人暮らしだった。妹は中学途中から5年くらいヒキコモリで、いつも部屋のドアには、おれが買い物してくるメモが貼られていた。ラーメンや菓子、雑誌、DVDの名前、一度サブスクと書かれてあったが、ガン無視した。少しはまだ外に出てくる期待が残っていた。でも妹のメモはいつも物のことだけ、内面の感情なんかないみたいだった。
 母さんはいつもおれを頼っていた。おれが働きだすと、自分の給料はパチンコに全部つぎ込んだ。買い物、朝晩メシ、掃除、ゴミ出し、電球切れた、テレビの録画どうするとか口はうるさいが、なんでもやるのはおれだった。いまは男と暮らしているらしいが、風呂の天井のカビや掃除機の中の袋は今もそのままかもしれない。

「いつもお兄ちゃんがゴハン作ってくれたよね。ゴロゴロ石は嫌だったけど」
 キエラのくすくす笑う声がした。焦げたハンバーグを食べてゴロゴロ石だと泣いたあの小さい頃のように、いまの妹は感情をちゃんとだす。
 いつも母親の帰りが遅く、おれとキエラは先に食べた。小さい頃は叱る大人不在のなか、2人には食事も遊びのひとつで、テーブルをぐちゃぐちゃにしたこともあった。

「じゃね、もう行かなくちゃ」
 妹はあれこれとゲームのことを楽しそうに語った後、そう言った。時計を見る。いつもきっかり13分だった。太陽もすっかり形を見せている。

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