第2話 のぎわ荘

文字数 3,413文字

アタシと千尋は山奥のマンションでルームシェアをしている。
アタシと千尋は25歳で同い年。
山奥にある一緒な施設で作業をしており、
住む部屋は、施設のそばにあるマンションの一部屋を借りている。

アタシは朝起きて、洗面所で歯ブラシをとり、
歯茎がら血が出るほどゴシゴシ、自分の歯肉に歯ブラシの毛先をこすりあてていた。
洗面所で改めて鏡を見ると、ススキ色のウルフカットの髪がボサボサになっていた。
寝癖を直すのが面倒くさい。

「貧相な身体してんなあ。25歳のアタシ・・・」ナイトウェアのはだけた胸の部分からむき出しに立った鎖骨の周りに浮き出る骨格を鏡で見て、アタシは心の奥でつぶやいていた。
アタシは、鼻が高く、顎がシュッと締まった顔だったから、
髪をショートにすると、友達からよく格好良いねと言われていた。
身長は160cm、体重は48kg。3サイズはB76、W55、H85だ。

歯を磨き終わったら、コップで口をゆすぎ、洗面台に含んだ水を吐き捨てると、
使い終わった歯ブラシを、ピンク色の千尋の歯ブラシの隣に立てかけておいた。

リビングに戻り、冷蔵庫からミネラルウォータを取り出し、
それを口に含んで、舌の腹で含んだ水を撫でるように水を飲んでいた。
千尋は、まだベッドで寝ている。

千尋は、身長はあたしと同じく160cmながら、
体重は51kg、3サイズはB85、W59、H87と発育の良い身体つきをしていた。
髪型は黒髪の大人かわいいボブ。
色白で、首の青い血管がくっきり見えるほどだ。
唇はふっくらとして血色が良く、鼻は自己主張をせず控えめに、目はくっきりの二重まぶただ。眉毛は整えておらず、自然な形で生えており、指はピアニストのように細くて繊細だ。

あたしが千尋と出会ったのは、ちょうどこの施設に入所したとき。
同期入所が千尋だった。
入所から、今年で2年が経とうとしている。
アタシは新卒で入った会社でリクルートスーツを着て仕事をしていたが、
8ヶ月で辞めてしまった。
アタシはオフィスビルで窒息しそうになった。
オッサン上司には、仕事でも少しミスをすると、「これだから女の子は」と言われ、
仕事で結果を出さんと息巻いていると、
古参のお局社員からは妬まれ、
「楓さん、こういう細々とした仕事を切り盛りするのも私たちの仕事なのよ」と、
男性社員が営業帰りに持ってきたお土産を各フロアに配る係を無理矢理やらされた。
あたしは、大学時代は、男子学生より成績もよくて、卒業論文も最優秀学生賞を取り、
指導教員からも大学院へのお誘いが来るような学生だったのに・・・。
なんで、こんな事をしないといけないのだろう。
アタシは八方塞がりの状態だった。
アタシは人間不信になっていた。
アタシは眠れない夜を毎日過ごし、LINEで連絡を取り合う母親からは、
心療内科の受診を勧められた。

アタシは今、急坂が続く、
山奥の施設―<のぎわ荘>でタイル生地の焼き物に関する作業のお手伝いをしている。
窯で焼べるための、薪を割ったり、
素材である磁器やせっ器、陶器の破片を倉庫から出し入れしたり、
タイルで作ったアクセサリーを宣伝するための広報作業に従事したりしている。

アタシは仕事をやめて2か月後、心療内科から紹介された<のぎわ荘>にやってきた。
私はスーツケースに、服や身の回りのものを入れて、ココに越してきた。
エントランスを抜けると、白髪の60歳を過ぎた夫婦がアタシを出迎えてくれた。

白髪の用務員の服装をした所長がアタシに挨拶をした。
「カエデさんですか。はるばるとウチみたいな辺鄙なところに足を運んでくれてありがとうございます。うちは13人ほどで、窯業を営んでおりまして、磁器や陶器の破片から、タイル生地のアクセサリーを作って販売しているんですよ。ウチにはカエデさんのような、辛い出来事、悩みを抱えたスタッフがたくさんおります。みなさん、内向的ですが、非常に優しい方ばかりです。それと、カエデさんのほかに、もう一人、同い年の女性の方が本日付けで入職されるんです。その方と一緒に写真をとって、のぎわニュース(のぎわ荘内の広報誌)で紹介したいと考えています。もう少しでいらっしゃると思いますので、少々お待ちいただけますか」

そう言うと、老夫婦はアタシを応接室まで案内し、
アタシを座らせ、お茶でもどうぞ、と机に湯飲みが置かれ、
アタシは「ありがとうございます」と言い、お茶を飲んでいた。

コンコン。
ドアをノックする音だ。
「どうぞ入ってらっしゃい」老夫婦の奥さんがドア越しの入職者にそう呼びかけた。
「失礼します」そう言って、入ってきたのは、肌が雪のように白い、
女のアタシでも思わずうっとりするような、品の良いお嬢さんのような女性だった。

「本日付でお世話になります千尋といいます。よろしくお願いいたします」
「いえいえ、こちらこそよろしくね。どうぞお座りになって。あ、そうそう。こちらが同じく本日付でいらっしゃったカエデさんよ。お二人は同い年なのよ。作業場も同じ所の予定だわ。そうだ、今お茶を持ってくるから、その間、お互いに自己紹介しなくちゃね」
そう言い残し、老夫婦の奥さんは台所へと席を外した。

「あ、おはようございます。カエデといいます。一人だと心細かったので、一緒に入職で心強いです。今後ともよろしくお願いいたします」アタシは無難な挨拶を返した。
女同士だと、最初はお互いに腹の探り合いだ。
ヘンに距離を詰められても、向こうも困るだろうしさ。
アタシはこんな事を考えながら、固い作り笑いを千尋に向けていた。
しかし、その心配は杞憂だったらしい。

「カエデさん、こちらこそよろしくお願いします。申し遅れましたが千尋といいます。ちーやんって読んでください。私も実家を離れてここのマンションに泊まり込みで作業することになるので不安だったんですよ。ちなみに、カエデさんのことは何て読んだ方がいいかな」

「この子、見た目に限らず積極的な子だな」とアタシは思いながら、
彼女の質問に対する返事をした。

「カエデでいいよ。千尋さんも泊まり込みなんだ。それにしてはコンパクトな荷物できたね。アタシなんかキャリーバックがいっぱいになるほど、詰め込んできたよ」アタシは、横にあるパンパンのスーツケースを手で示しながらいった。

「ふふふっ」彼女は緊張が解けたらしく、初めて自然な笑顔を見せた。
「あたしは大ざっぱだから、荷物もあまり考えず、必要なものだけ持ってきたの」千尋はそう言ってエナメルバックを指さす。
他愛もない雑談をする中、老夫婦がお茶を入れて戻ってきた。
奥さんが、私たちに下宿先になるマンションの話をした。

「うちの荘では、できるだけスタッフ同士のルームシェアを勧めているの。ああ、もちろんプライバシーとか、どうしても他の人と同じ空間で暮らすことができないのであれば、強制はしないけど。でも、二人とも同い年だし、今も楽しそうにおしゃべりしてたから、絶対お似合いだと思うの。今まで辛いことも経験した者同士だから、きっと絆も深まるわよ。まあ、私がこんな風にプッシュするのも老婆心ってやつね。どう、二人とも。あ、また私ったら当事者の気持ちも考えず、強引に話を進めちゃったわね」

そう言うと、奥さんはバツが悪そうな顔をしたが、
アタシは千尋とアイコンタクトを交わし、奥さんに二人同時に返事をした。
「いえ、せっかくのお誘いなので、二人でルームシェアしてみたいと思います」

奥さんは「あら、そう。そう言ってくれるとアタシも嬉しいわ」と言い、
続けてマンションのルールについて説明してくれた。
「ルームシェアの部屋はリビング・お風呂・トイレは共用。寝室は同じ部屋だがベッドはセパレートだった。壁が薄いので、深夜の騒音は禁止。燃えるゴミは月曜と木曜。作業日は月曜から金曜日の、朝8時30分から午後5時まで。朝・昼・晩の昼食は食堂があるから、そこにいらっしゃい。食事の時間がずれたときは、冷蔵庫に残り物を入れてあるからレンジでチンして食べて。あと、平日の作業日まえにはラジオ体操があるわ、云々」

奥さんは、一通り説明した後、続けて言う。
「さて、今日からここで働いてもらうから、のぎわ荘のブルゾン(作業着)とエプロン(工房ではコレを着るとのこと)の採寸をしないとね、今から更衣室に案内するわ、二人とも付いてきてね」
アタシと千尋は、奥さんの後に付いていき、
ブルゾンとエプロンの採寸のため、更衣室に向かうのだった。
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