最終話 月花

文字数 1,456文字

アタシと千尋は、いつものようにベッドに潜った。
アタシと千尋はお互いに自分の負った傷をなめ合う時間が必要だった。

今日は前戯に長めの時間を費やした。
アタシと千尋はともに下着姿で同じ布団にくるまっている。
アタシは千尋をそっと抱きしめ、そっと頭をなでた。
千尋を抱きしめると、さっきまで泣いていたためだろうか、
血が通う暖かい体温の温もりを肌で感じることができた。

「カエデ・・・」千尋はアタシに向かって言う。
「アタシのことを愛していると言って」
アタシは返事をする「”好き”じゃダメなの?」
「ダメ、愛しているじゃなきゃ」千尋はいたずらっぽくアタシの耳元でそう答える。
「”愛している”って重たい言葉じゃない?」
「ふふっ。愛にはお互いの信頼も含まれるの。私とカエデは家族なんだから」
「まったくいつから家族になったんだか・・・。分かったよ。ちーやん、アタシはちーやんのことを愛してる。片時も頭から離れたことはないよ。ちーやんのことを考えるとドキドキする。ほかの誰よりも仲良くなりたい。もっと話したいし、触れたい。アタシもちーやんとずっと一緒にいたい」
「それって、プロポーズ?」
「ちーやん、やっぱりアタシはちーやんに幸せになってほしい。ちーやんのご両親もそう思っている。アタシたちの中じゃ、愛しているという事実はあるけど、誰もそれを客観的に証明してくれない。アタシたちはこの国では婚姻関係が認められない。アタシたちは異邦人なんだよ。指名手配犯と一緒。ちーやんには素敵な人に出会って、社会からも周りからも祝福されるような恋愛をしてほしい」
「私はカエデといて幸せだよ。誰がなんと言おうとその事実は変わらない」

アタシは今まで恋愛に興味のないフリをしていた。
そんな生活を続けていくうちに、アタシはだんだん恋愛に関心のないキャラとして
扱われるようになっていった。

アタシは人から嫌われているのだろうな、と思いながら今まで生きてきた。
実は誰よりもアタシ自身が<アタシ>という存在を嫌悪し、蔑んでいた。

アタシは、順風満帆に社会生活を送る女友達を見ては、アタシはいつも勝手に
裏切られた気持ちになっていた。
アタシのような人間は誰もいないんだという孤独に苛まれていた。

この先に待つ未来は暗いのかもしれないという不安。

アタシは自分らしく生きたかったのだ。

アタシは千尋を好きな自分と向き合えないことに対して後ろめたさを感じていたのだ。
年頃になったら結婚するものだという考え。
子どもを産み、母として、妻として生きていくという思い込み。

特定の一人と深い関係を続けていくと、相手の人生やそれまで相手が生きる中で培ってきた
経験・人間関係に踏み込んでいくことになる。
アタシたちは、お互いの人生を持ち寄り、その一部を共有しようとしていた。

「幸せな未来もあると思うんだよね」
千尋は厳しい口調で、しかし淡々という。
「カエデは自分の未来は明るくない、自分に幸せは訪れないって前に話してたでしょ。私は私とカエデの二人がいれば未来は明るくなるって信じてるよ。でも、今みたいに中途半端な関係が続くなら、私はカエデとは一緒にいられない。カエデの前からいなくなるよ。どうする?」

じっとアタシの目を見て話す千尋。
アタシは、千尋の唇にそっと口づけをし、耳元で、千尋の問いかけに対し返事をした。
千尋の目には涙が溜まっているようだった。
アタシたちは、その後、頭の中の記憶が飛ぶくらいに、お互いに求め合った。

空には赤い満月。
怪しい光に照らされ、花瓶にある白いユリがひときわ存在感を示していた。
<完>
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