第1話

文字数 1,360文字

 すべての人は自由だそうです。
 生まれながらにして。
 思うままに生きる権利というのがあるそうです。

 でも、それって。
 わたしにはすごくむずかしいことです。 

 何がしたいのか。
 どうしたいのか。
 自分でもよくわかりません。

 自分のことだけでもそうなのに、他人のことや世の中のことにまで気を配るなんて無理です。
 
 むしろ、誰かに決めて欲しいのです。

 おまえはこれをしろ。
 こうやって生きろ。

 とりあえず言われたことをやっていれば、生きていける世の中にしてもらいたいのです。
 周りの人から期待されたり、指示を待たれたりするのは、いやなのです。

 やりたいなんてひとことも言っていないのに、学級委員やリレーの選手に選ばないでください。
 帰宅部がよかったのに、サッカー部だ野球部だと引っ張り込むのは止めてください。

 勝手に期待しないでください。
 勝手にがっかりしないでください。

 世の中には才能にあふれていて、華々しく活躍している人もいるみたいですが、わたしはただの凡人なのです。
 いや、むしろ、ふつうよりもネガティブで、扱いにくい人間なのです。

 なのに。

 社員らしい女の人が駆け込んできました。これはきっとまずいパターンです。

 「秋島様、秋島勇人(あきしまゆうと)様はいらっしゃいますか?」

 就職説明会の待合室です。人事担当らしい社員の方の声が響きます。二十人ほどいたスーツ姿の学生たちがいっせいに前を向きました。呼ばれているのはわたしの名前です。正直、いやな予感しかしません。

 「はい。わたしです」

 仕方なく手をあげました。

 「ありがとうございます。あの、秋島様。エントリーシートを拝見させていただきまして、一点ご確認させて頂きたいのですが……」

 駆け寄ってきた社員の方の頬が少し紅潮しています。少し目が潤んでいるようにも見えます。いわゆる羨望のまなざしというもののようです。

 「秋島様は勇者様だということでお間違えございませんでしょうか?」

 むきー。

 なんで、こんな他の学生もいる前でいうのでしょうか。周りの視線がいっせいに注がれるのを感じます。この社員の方にはデリカシーというものがないのでしょうか。イライラします。でも、嘘をつくわけにもいきませんので、しぶしぶうなずきます。

 「さようでございますか! お越しいただき、誠にありがとうございます。ご連絡が遅れてしまって申し訳ないのですが、私どもの社長がぜひ勇者様に直接お会いしたいと申しておりまして……」

 最悪です。よく通る大きな声で「勇者」だなんていうものですから、部屋のみなさんがざわつき始めました。

 「勇者だって! 本物!?」
 「すげー、実物はじめてみた……」
 「思ったよりきゃしゃなかんじだな」
 「もっとイケメンかと思ってた」

 はあ。またこのパターンです。他のみなさんを置いて、自分だけが別室に連れていかれます。なんで、わたしだけこんな特別扱いをうけなきゃいけないんでしょうか。たしかにわたしは勇者ですが、特に他の方となにかが違うわけではないのです。できるものなら、今この場で、声を大にして訴えたい。

 勇者だからって。
 差別すんな。

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