第2話

文字数 1,898文字

 「段取りの悪いことで申し訳ありません! まさかうちのような中小企業にお越しいただけるとはつゆにも思いませんで! できるだけのことはさせていただきますので、ぜひともよろしくお願いいたします!」

 応接室に通されると、社長さんと人事部長さんが待っていました。人のよさそうな社長さんに、真面目そうな人事部長さん。これからの展開を思うと少し心が痛みます。でも、わたしが悪いわけではありません。直接会うと決めたのはあちらです。わたしはただ普通にエントリーしただけなのです。

 「適性試験などは受けなくていいんでしょうか?」
 「はっはっは、ご冗談を! もう勇者様であれば、そんな試験なんて受けていただくまでもありません。急な話だったものでまだ詳しく見ていないのですが、さぞや立派なご経歴をお持ちなんでございましょう」

 そう言って、社長さんがエントリーシートに目を通し始めました。ニコニコしていたその表情が、みるみるうちに険しくなっていきます。漫画でいうと、顔にタテ線が入るかんじです。わかりやす過ぎて笑えます。いえ、笑ってなどいられません。

 「えっと、通常のエンジニアを希望されておられるのですかな?」
 「はい。そうです」
 「法術士ではなく?」
 「はい」

 人事部長さんが口を開きます。

 「東和帝大の情法術部を卒業見込みと……、いや、すでに昨年卒業されていて、その後、特に就職はされていない、ということですか……」

 場をフォローするように社長さんがあとを続けます。まだ笑顔です。でも、その笑顔が逆に痛々しいです。

 「卒業後はなにか特別な任務についておられたとかですかな? もしくは国際プロジェクトにかかわっておられたとか?」
 「いえ。ずっと就職活動をしているんですが、まだ内定がもらえません」

 顔を見合わせる二人。眉間にしわを寄せた人事部長さんがようやく面接らしいことを聞いてきてくれました。

 「情法術は使えるんですよね?」
 「一応、使えるといえば使えます」
 「ん? どういうこと?」
 「ログの読み取りであれば、できる時もあります」
 「できる時もありますって……じゃあ、情法システムのデプロイやトラブルシューティングは?」
 「できません。なので、エンジニアを希望しています」

 社長さんの表情が少し泣き笑いのかんじになってきました。でも、できないことはできないとはっきり言っておかないと、あとでもっとがっかりさせることになります。

 「ははあ、じゃあ、戦士とか格闘家系ですかな? 在学中はなにかスポーツで全国制覇したとか?」
 「運動はどちらかというと苦手です」
 「なにか勇者だけの特殊スキルがあるとか?」
 「特にはありません」

 社長さん。この状況でもまだ笑顔です。立派な方だと思います。過去の面接ではこのあたりで「先に言えよ!」ってお怒りになる方もいたぐらいですから。

 「ははー、そうですかー。それはまいりましたなー。……ちょっとよろしいですか。少しそのままお待ちいただけますか?」

 状況を把握されたようです。社長さんと人事部長さんが部屋を出ていきます。

 こうして人に期待だけさせて、それを裏切ることになるのは何度目でしょうか。子供の頃からずっとこうですから、もう慣れてはきています。でも、きついです。自分のせいではないと言い聞かせてみても、目の前で人に失望されるのはやはりつらいのです。胸の奥のあたりがもやもやします。

 どうしていつもこうなるのですか。
 わたしが勇者だからですか。
 わたしみたいな人間が。
 勇者に生まれてきたからですか。

 「秋島さん。今日はもう結構ですので、お帰りください」

 先ほどの人事担当の社員さんです。「さん」付けに変わりました。さっきは「様」だったのに。

 「もう終わりですか? 適性試験もなにも受けていないんですが」
 「はい、もう結構ですんで。お帰りください」

 終わりです。たぶん、数日後には不採用のお祈りメールが届くのでしょう。ついに適正試験すら受けさせてもらえなくなりました。もしもわたしが勇者なんかでなかったら、せめて試験ぐらいは受けさせてもらえたんでしょうか。

 「勇者なのにね」

 出口に向かって通路を歩いていくと、背中ごしにそうつぶやかれたのが聞こえました。

 聞こえてんだよ、このやろー。
 勇者だよ。
 だからなんだってんだ、ばかやろー。 

 振り返って、ひとこと言ってやろうかと思って、やめました。
 きっと、よけいにみじめになるだろうから。

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