第1話

文字数 1,515文字

 最初は、その会社がどこにあるのかさっぱりわかりませんでした。

 繁華街から少し離れたさびしげなところです。
 住所を見るかぎり間違ってはいないはずなのですが、それらしい建物がみあたりません。
 何度も地図を見返して、恐る恐る玄関に入ってみました。

 うす汚れた小さな雑居ビル。
 階段の踊り場のところで、瓶ビールのケースに蜘蛛の巣がかかっています。

 どうもこのビルの3階のようです。
 一応、法術とIT関係の会社らしいので、もう少しきちんとしたところを期待していたのですが、大丈夫でしょうか。
 一抹の不安がよぎる、ってよく言いますが、まさにそんな感じです。

 エレベーターで3階にあがってみました。
 いくつか部屋があるのですが、それらしい看板や表札はどこにも出ていません。
 住所には「303」と出ているので、この辺かなあと何度か前をうろうろしました。

 ……帰ろう。
 うん、そうしよう。

 と思ったその時、部屋の扉が開きました。

 「にいちゃん、なんか用か?」

 !
 見るからにいかつい、「その筋の方」と言っても差し支えないようなかんじの人が顔を出してきました。

 「あ、いえ、な、なんにもないです。だいじょうぶです」
 「なんもない人間が、こんなとこうろうろせんやろ」

 よくみると、それなりにお年を召してはいるのですが、ワイシャツからたくましい二の腕の盛り上がりが透けています。
 気が付くと、持っていた求人誌を奪われていました。

 「なんや、うちの面接か。社長! なんか若いのがきてまっせ!」
 「ああ、入ってもらって」

 や、やばいです。
 これはたぶん、アカンやつです。

 「す、すいません。間違えました!」

 と、きびすを返して逃げだそうとしたその時。
 大きな分厚い手が肩に置かれるのを感じました。

 「せっかく来たんや。受けていけや」

 肩の手に力が入るのがわかります。

 「受けていくわな。ん?」
 「……は、はい」

 有無を言わさぬプレッシャーを感じ取ったわたしは、言われるままに部屋の中に入っていきました。
 普通のマンションの玄関みたいなところを過ぎて、一室に通されます。一応、応接用のセットがありますが、事務用のキャビネットが並んだ倉庫みたいな部屋です。

 ど、どうしましょう。
 実は超絶ブラックな会社かも知れません……。
 「オレオレ」って電話させられたりしないでしょうか……。

 などと、不安を掻き立てられていると、ドアがノックされました。
 いやいや、落ち着きましょう。
 そんな漫画みたいな話、そうそうあるわけが……。

 「待たせたな」

 うぎゃー! ビンゴです!!
 ものすごいでっかい人が入ってきました。
 あれです。クマです。
 クマが背広きてます。
 
 ドスンとソファに腰を下ろすと、クマ社長さんが低い声で言いました。

 「で、モノはいつ入るの?」

 モ、モノってなんですか!?
 黒光りしてるやつですか!? 袋に入った白い粉ですか!?
 というか、なにか勘違いされてませんか!?
 わたし、ただ会社説明会に来ただけなんですが!?

 あまりのことに、声を発することもできずにいたところ、呼び鈴が鳴りました。
 程なく事務員の方でしょうか、若い女の人が入ってきて言いました。

 「社長。リース会社の人が来ました」
 「あれ? そっち? じゃあ、おたくは?」

 クマ社長さんと事務員さんがいぶかしげな様子でわたしを見ます。

 「か、会社説明会に来たんですが……」

 震える指で、机の上の求人誌を指さしました。
 

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