第3話

文字数 2,338文字

 任務にあたり、好き嫌いを論じる余地はない。 
 だが、俺はこいつが嫌いだ。

 190センチ近い長身に燕尾服。シルクハットやマントを身につけ、ステッキまで持っている。情法空間上での外見は実際のところマスキングでなんとでもなるので、単なる外装(アバター)と考えている(

1

)。だが、このアニメや漫画にでも出てきそうな格好で、国防の最前線に出てこられるのが気にくわない。子供の遊びではないのだ。そして、我々、法術防衛隊の面々がこのような幼稚な相手に翻弄されるなどということがあってはならない。

 「剣太郎さん。今日のお昼はカレーだったんですね。いいなあ、おいしそうだなあ」

 なめくさった口調で奴が言う。さっき接触された時に読み込まれたようだ。法術士同士の直接対峙は常にこういったリスクを抱えることになる。つまり、近距離での濃厚接触を繰り返すことで、直接、情報を読み取られてしまう。勇者である俺は国の機密情報の相当の部分にまでアクセスが可能だ。特定秘密のクリアランスも受けている。その情報を抜き取られるということは、安全保障上の直接の脅威となり、断じて避けねばならない。
 ただ、その逆も言える。暗黒法術士の所在、出自、その他の情報など、非常に入手困難な情報を得る貴重な機会でもあるのだ。(

2



 いや、そんな生ぬるいことでどうする。
 国を守るには、今、この場で切り捨てて捕らえるべきではないのか。

 「情法剣 検疫術(Infosword quarantine mode)

 気合いを高め、間合いを詰める。

 「せっかちな人だなあ。久しぶりなんだから、もう少しゆっくり……」

 「さざれ石(excal -q -n */imB/key)

 斬激7発。
 切り裂かれたマントが渦巻き状に舞い上がる。中心にいたはずの奴がその先にいる。

 『高情法反応。スキャニングです』

 『(key)』の背後から無数の法術光。法術パケットを無作為に発法して、こちらの防御の穴、つまり情法体の脆弱性を探る術式だ。

 JULIET(ジュリエット)が前面に出て、ファイアウォールではじき返す。

 パケットに触れたところで情法体は無傷だが、脆弱性を探し当てられると、俺自体が暗黒法術に感染することになる。あまり多くは被弾できない。(

3



 『スキャニング レベル上がります。全周囲攻撃です』

 四方八方からの同時法術パケット。このレベルでやってくる相手を俺は他に知らない。
 上等だ。

 「自動精密制御。パケットをかわせ」
 『了解。術式実行完全制御(imct run | control -f -r -auto)

 挙動制御をJULIETにまかせ、数ミリ単位でパケットをかわす。10ペタFLOPSの演算能力を誇るJULIETでも、もって20秒。(

4



 だが、それで十分だ。

 「情法剣 削除術(Infosword delete mode)
 「いかずち(excal -d -f -all)

 体ごと高速で繰り出す一撃。
 進行方向のすべての情法体を削除する。

 無数のパケットをなぎ払い、『鍵』の顔面を貫いた。
 だが、散り散りになった奴の情法体を前に、再度、気合いを溜め直す。

 これで終わるとは思っていない。

---

1

 IMVRを通じて情法空間にログインする場合、法術者の情法処理能力の範囲内で実際とは異なる外見に改変することができる。ただし、勇者は内閣情法即応室に在籍する国家公務員でもあり、法執行の主体を明らかにするとの観点から、原則として改変が禁じられている。極度に秘匿性の高い案件で一定の要件を満たす場合には、国家公務員であっても改変は可能であるが、勇者は「悪いことをしているわけでもないのに隠す必要はない」と改変を潔しとしない。

2

 情法術者は概して「モノ」に蓄積された情報を読み取るのであるが、スキルの高い法術者であればあるほど、読み取りの対象を、物理的な近距離の存在から抽象的な遠隔の存在へと拡張することができる。つまり、勇者や暗黒法術士のレベルになると、情法空間上での「間接的な」接触であっても、相手に関係する情報まで抽出することができる。ただし、当然お互いに対処はしていることから、秘匿事項にあたる内容については相当に「濃密な接触」が必要になる。身体的な意味での接触だけではなく、心理的、社会的な接触が含まれる点にも留意されたい。

3

 上述したように、法術士同士の近接戦闘においては、濃厚接触を通じて互いの情報を読み取り合うということが行われるわけだが、戦闘に際して、その読み取りを防ぐためにさまざまな防御策があらかじめ講じられることになる。この場面で『鍵』が行ったのは、その防御策の不備を見つけ出すために、一定の情法の塊(パケット)を送りつけ、その反応から相手の防御策の内容を把握しようとする「スキャニング」である。スキャニングの結果、仮に勇者の防御策の不備が露呈したとすると、『鍵』はたちどころに防御を無効化し、勇者の法術特性を暗黒化してしまうことだろう。「法術特性の暗黒化」や「脆弱性」については、別途、参考資料などを参照願いたい。

4

 情法空間での位置制御をJULIETにすべてまかせ、自身のリソースを情法剣術の実行に優先的に割り当てることで、術式実行時の遅延時間(レイテンシ)を短縮している。この術式実行時の遅延時間は、術者によって「術式の詠唱時間」や「気合いを溜める時間」(勇者の場合)などと表現される。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み