第6話

文字数 1,787文字

 赤い瞳の法術士。
 死霊魔術師(ネクロマンサー)青梅(あおうめ)さん。

 暗黒法術は使えないと言っていましたが、明らかに今、なにかをしたように見えました。

 「たぶん、できたと思います」

 青梅さんがおじいさん、おばあさんの方をみて言いました。
 その瞳はまだ赤いままです。

 上の階の住人になにかしたのでしょうか?
 たしかに音がしなくなりました。

 おじいさん、おばあさんも耳をすまして、様子を探っている様子です。

 「アオゲラだ」

 おじいさんが言いました。

 ピョーピョー

 言われてみれば、たしかに鳥の鳴き声がします。

 「あれはシジュウカラだね。クロツグミもいるな」

 部屋の中に、たくさんの鳥のさえずりが響き渡るようになりました。
 どうも上の部屋から聞こえてくるような気がします。

 「すごいわね。本当に鳥の鳴き声になったわ」
 「これなら多少うるさくても気にならないな」

 お爺さんとお婆さんが手を取り合って喜んでいます。
 わたしは、なにをしたのか聞こうと青梅さんを見ましたが、言葉が出てきません。
 わたしの視線に気づいた青梅さんが隣に来て言いました。
 
 「音を変えたんです」
 「音?」
 「はい。上から伝わってくる音を鳥の鳴き声に変えました。野鳥観察が趣味だっておっしゃってたので」

 わたしはあらためて天井に耳を澄ませました。
 なるほど。さっきまでの上のドシンドシンという騒音が、いろいろな鳥のさえずりに変わっているようです。
 目を閉じてみると、山の中を散策しているような気になってきます。
 これならおじいさんもゆっくり部屋で休んでいられるでしょう。

 「まるでまた山に登ってきたような気がしますよ。この足ではもう二度といけないと思っていたが……」

 おじいさんが少し涙ぐみました。
 おばあさんがハンカチで目をぬぐっています。
 二人の様子を満足そうに眺める青梅さん。

 何度も頭を下げる二人に笑顔で返しながら、青梅さんとわたしは部屋を出ました。
 扉が閉まったとたん。

 青梅さんの足下がふらつきました。
 あわてて手を取って支えます。

 「だいじょうぶですか?」
 「ちょっと頑張りすぎちゃいました。近田(こんだ)さんのところまで連れてってもらえませんか」

 青梅さんを支えながら、駐車場に向かいます。
 苦しそうです。
 瞳がまだギラギラと赤く輝いています。

 肩を組むようにして、なんとか近田さんのところまで連れてきました。

 「どないした?」
 「頑張りすぎたって言ってました。法術で音を変えたって」
 「音変換をリアルタイムでやったんか。そらあかんわ」

 青梅さんを車の後部座席に座らせます。
 いけません。もうほとんど意識をなくしたようになっています。
 座らせるときに、ガクンと頭が下を向きました。

 「青梅さん」

 思わず抱きかかえて顔をのぞき込みます。

 グワシッ。

 顔面に衝撃を受けて、社外に放り出されました。
 目の前にあるのは手。
 いや。握りこぶし。

 殴られました。
 おもいきり。

 「なれなれしく触るんじゃねー。このヘンタイ野郎!」

 青梅さんが車の外に出てきました。
 胸ぐらをつかまれ、赤い目でにらみつけられます。

 「ケイ! やめんかい! そのにいちゃんはおまえの相棒や」
 「相棒? なんだ、このあいだの新入社員か」

 わたしの前で仁王立ちになる青梅さん。
 いや、この人は……。

 「あらためて紹介しとこうか。ケイや。梅ちゃんの二分心(ダブル)
 「……二分心(ダブル)?」

 わたしはその赤い瞳の人を見上げました。
 さっきまで青梅さんだった人。

 「昔でいうところの二重人格ってやつやな。にいちゃんにはこのケイと梅ちゃんとペア、いやトリオを組んでもらう」

 青梅さんとケイさん。
 この二人との出会いが、わたしのこれからを大きく変えていくことになるのです。

 いえ。正確にはとても重要な人がもう一人。
 近田さんではありません。

 これからとても深く関わっていくことになる人が、建物のカゲからじっとわたしたちの様子をうかがっていたことに、この時のわたしはまったく気が付いていなかったのです。

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