第3話

文字数 1,587文字

 クジラ団地。朝10時。

 東京の西のはずれにあるこの団地は、わりと大きな団地なのですが、最近は住む人も減ってきて老人ばかりになっているそうです。
 今日は朝から曇っているからでしょうか。
 なんとなく暗い雰囲気がします。

 待ち合わせ場所の中庭。
 少し早めにきて、様子をみていていたのですが、若い人どころか人の姿すら見かけません。
 こんなところで、わたしは一体なにをさせられるんでしょうか。

 先日、結局、雇用契約書にサインし、株式会社IMO(アイエムオー)の契約社員になりました。
 一応、ホームページもあったので、いろいろ見てみたところ、正式名称は「情報法術オペレーション株式会社(InforMagic Operation Corp.)」というそうです。
 昨日のクマ社長さんは「加藤靖雄(かとうやすお)」さん。
 従業員4名ということなので、あのいかついおじいさんと、赤毛の青梅(あおうめ)さんが社員ということなのでしょうか。

 クマ社長さんはいいとして、あの二人はちょっと苦手です。
 見かけだけで人を判断してはいけないのですが、まるっきりヤ○ザというか、ヤ○キーというか……。

 「誰がヤー公やて?」

 !
 うぎゃ。お、おじいさま。
 後ろにいるのは、青梅さん。

 「にいちゃん、よろしくな。近田(こんだ)や」

 ごつい手を差し出されたので、握り返しました。
 今日は作業着みたいなのを着ています。

 「あ、秋島です。よろしくお願いします」
 「今日はとりあえず、にいちゃんは見学や。(うめ)ちゃんについて黙って見とったらええ」
 
 地味目なブラウスを着た青梅さんが、近田さんの後ろでぴょこんと頭をさげました。
 梅ちゃん? なにか昨日と雰囲気が違います。

 「は、はじめまして。青梅啓子(あおうめ けいこ)です。よろしくお願いします」
 「あ、はい。こちらこそ」

 あらためて、頭を下げ合います。
 ん? はじめまして?

 「昨日、にいちゃんが会うたんはケイやろ。タイミング悪かったな」
 「はあ。ケイさんですか……」
 「昨日はケイ。今は梅ちゃん。まあ、そのうち慣れる。ほら、時間や」

 近田さんに促され、団地の建物の一つに向かいます。
 歩きながら、横目で青梅さんを見るのですが、どうみても昨日と同じ人です。
 双子なのでしょうか?

 あ、今、目が合いました。
 お互いにさっと目をそらします。
 
 うーん。なんでしょう。このかんじ。
 昨日とは違って、はにかむ感じとかすごい可愛らしいんですが……。
 
 「ここの305号室や。ほな頼むで。わし車で待っとるから」
 「あ、近田さんは来られないんですか?」
 「わしは法術使われへんからな。梅ちゃん、あとよろしく」

 そう言って、近田さんは行ってしまいました。
 団地の1階ホールには人っ子ひとりおらず、青梅さんと二人だけになると、より一層静けさが増したような気がします。

 「あ、秋島さん」
 「は、はい」

 真剣なまなざしで青梅さんが言います。
 入り口から差し込む日の光に照らされて、青梅さんの影が通路に長く伸びています。
 細くて長い、枯れ枝のような影。

 「先に伝えさせてください」

 ホールを風が吹き抜けました。

 「わたし、死霊魔術師(ネクロマンサー)なんです」

 ねくろまんさあ。
 その言葉の響きと、目の前の青梅さんの姿とを重ね合わせるのに、少し時間がかかりました。

 死霊魔術師(ネクロマンサー)

 大学で習いました。
 死者の情報を操作することができると言われる職業型(ジョブタイプ)
 禁じられた暗黒法術の使い手。

 つまり、青梅さんは。

 暗黒法術士(ダーク インフォマジシャン)なのです。

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