第4話

文字数 1,812文字

 あらゆる「モノ」の情報を操作する力。

 簡単にいえば、それが情報法術(インフォマジック)です。

 以前のように、ネットワークを張り巡らして、コンピュータやセンサーを使わなくとも、街中のあらゆるモノから情報が読み取れます。

 でも、誰もが情法術を使えるわけではありません。
 情法術は高い倫理観(モラル)を備えた人にしか使えません。

 なので、情法術が世の中に普及しても、いわゆるプライバシーの問題や、情報のろう洩などの問題は起こらないとされています。

 ところが。

 ごくまれに、倫理観に欠けた人でも情法術を使えてしまうことがあるのです。
 そうした人は、情法術を悪用して、他人の秘密を暴いたり、情報を書き換えたりなどの犯罪を犯します。

 それが、暗黒法術士(ダーク インフォマジシャン)です。

 わたしは、目の前で寒風に体を縮こませている青梅(あおうめ)さんをみて、思いました。

 本当でしょうか。
 本当にこの子が暗黒法術士なのでしょうか。
 
 「わたし、法術を使うと目が赤く光るんです。……先に言っておかないとびっくりすると思ったから」

 今、青梅さんの瞳は普通の黒い瞳です。
 そういえば、昨日の「ケイ」さんは赤い目をしていました。

 わたしは、授業で習ったはずの記憶を一生懸命に呼び起こします。

 そうです。たしかに暗黒法術士は赤く目が光ると習いました。
 そして、ああ、なんということでしょうか。

 暗黒法術は

するのです。

 暗黒法術士と長い時間一緒にいると、普通の人でも暗黒法術士になってしまうと言われています。

 「でも、大丈夫ですから! わたし、死霊魔術師(ネクロマンサー)なんですけど、法術はあまり得意じゃないんです」

 思わず絶句してしまったわたしの様子を察したのか、青梅さんが慌てた様子でフォローします。

 「よく聞かれるんですけど、わたし、暗黒法術なんて使えないし、もちろん感染(うつ)ったりもしないですから……」

 青梅さんが目をふせます。
 そして、絞り出すような声で続けました。

 「信じてもらえないかも知れないけど……」

 頭の中で、グルグルと考えがめぐります。

 目は赤くなるけど、暗黒法術は使えない。
 そんなことがあるのでしょうか?

 もし、それが事実だとしても。
 暗黒法術士は反社会的勢力として取り締まりの対象になっています。
 死霊魔術師(ネクロマンサー)といっしょに行動していたら、わたしも何かの罪に問われてしまうのではないでしょうか。

 昨日は勢いで入社してしまいましたが、もともとろくに説明も受けていないのです。
 今ならここで引き返すこともできます。

 「時間なので……行きましょう」

 エレベーターに乗りかけた青梅さんが思いついたように足を止め、階段を上り始めました。

 気を使ってくれているみたいです。
 おそらく、似たような経験を今まで何度もしてきたのでしょう。
 死霊魔術師(ネクロマンサー)だと知られた途端に狭い部屋で一緒になるのを避けられる、というようなことを。

 青梅さんが階段を上っていきます。

 偏見。
 もしくは差別といっていいのかも知れません。

 本当に暗黒法術士ではないのかも知れないのです。
 ただ、死霊魔術師(ネクロマンサー)に生まれついてしまったがために。
 あらぬ誤解に彼女は苦しんでいるのかも知れないのです。

 青梅さんが振り返りました。
 そして、わたしを一瞥して先に行ってしまいました。

 ヤッパリ。オマエモカ。

 その目がそう言っています。
 口には出していませんが、わたしにはわかります。

 だって、わたしも同じ経験をしてきたから。

 勇者だからって、死霊魔術師(ネクロマンサー)だからって。
 決めつけられるのって。
 苦しいのです。つらいのです。

 わたしは、階段を駆け上がりました。

 「青梅さん。わたしも先に言っておきたいことがあります」

 少し驚いた表情の青梅さん。

 「実はわたし、勇者なんです。でも、ろくに法術も使えないダメ勇者です」

 右手を差し出しました。

 「法術が得意じゃない者同士、いっしょにがんばりましょう」

 305号室の扉の前で、わたしと青梅さんは、かたく握手を交わしました。

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み