第3話

文字数 1,633文字

 予定よりも早く終わってしまい、とりあえず、公園のベンチで暇をつぶします。

 勇者なのにね。

 さっきの帰り際のひとことが耳から離れません。せめて人並みに法術が使えれば、こんな思いもしなくて済んだのに。くやしい。ちきしょー。

 無造作にベンチに捨てられていたフリーペーパーの求人誌を手にとりました。

 背筋を伸ばし、ゆっくりと息を吐きます。手をあててお腹がへこんでいくのを感じます。吐ききったらお腹の力を抜いて、鼻から自然に空気が入るようにします。座禅の呼吸です。何度か繰り返して、気持ちを落ち着けます。

 フリーペーパーをみます。

 意識を。
 集中させて。
 イメージする。
 
 ログを読み取る。

  2012 Dec 26 10:22:45 wmaster core: Started
  2020 Dec 30 16:19:08 wmaster core: Started
  2020 Jan 24 11:45:12 wmaster core2: Started

 表紙に重なって、法術ログがホログラムのように浮かび上がりました。

 モノに蓄積された情報の読み取り。

 これがわたしに使える唯一の情報法術なのです。

 大卒の普通の法術士であれば、この求人誌が元々どこにあって、誰がここに置いていったのかぐらいは、すぐに読み取ることができます。でも、わたしの場合、どれだけ頑張って練習しても、ほとんどうまく読み取ることができません。今回も一応ログは出てきましたが、これでは何の記録かがわかりません。

 使えない法術士なのです。 
 勇者なのに。

 なんだか腹がたってきて、意地になって何度もログの読み込みを試してしまいました。疲れてきたところで、ふと向かいのビルの方をみると、壁に設置されたデジタル看板から、最近よく流れている曲が聞こえてきます。画面に、半年後にせまったオリンピックの記念セレモニーの様子が映し出されていました。

 ああ、あの人。

 防衛隊の隊服に身をつつみ、舞台で歌声を響かせているのは、「勇者」高鷲剣太郎さんです。国の筆頭法術士でありながら、芸能事務所にも所属する、まさに国民的英雄。あの剣太郎さんとわたしが同じ勇者なのです。さっきの会社の人たちが失望するのもわかります。勇者といえば、政治家や起業家、国や社会の指導者として活躍するのが普通です。そんな勇者が会社説明会にやってきたら、誰だって期待するでしょう。

 でも、わたしはだめなんです。
 ろくにログも読めないダメ法術士。
 ちきちょー、泣けてくる。
 神様は不公平だ。
 なんで、あの人とわたしを同じ勇者になんてしたんだろう。

 本物の勇者が華々しく、オリンピックまでのカウントダウンを宣言する声を聴きながら、わたしは泣きました。セレモニーも終わり、ひとしきり泣いたら、カバンに入れていた板チョコにかぶりつきました。1枚まるごと一気食いです。

 くそー。このやろー。
 負けてたまるか。
 絶対仕事みつけてやる。

 わたしは母のことを思い出しました。うちは母子家庭なのです。苦労してわたしを大学に通わせてくれた母のためにも、こんなところでくすぶっているわけにはいかないのです。母はあきらめずにやりたい仕事を探しなさいと言ってくれるのですが、一年近く就職活動をやってきて、それでも今日のように適正試験さえ受けさせてもらえないのであれば、もう一般企業の正社員はあきらめざるを得ません。働かせてもらえるのであれば、もうアルバイトでもなんでも、えり好みなんてしてられません。

 持っていた求人誌のページをめくってみました。
 ほどなく1件の求人がみつかりました。

 法術士急募。未経験OK
 ログが読めればなお可
    株式会社IMO

 こういうのを巡り合わせというのでしょうか。
 会社説明会がこのあと、すぐ近くで行われるようです。
 
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