第12話(3)驚きのお知らせ

文字数 1,882文字

「ふう……書き終わりました」

「お疲れ様です、ルーシー先生」

 私はルーシーさんに声をかける。

「先生と呼ばれるのはやはり気恥ずかしいですね……」

 ルーシーさんは額の汗をハンカチで拭く。

「そうは言っても、先生はもはや大ベストセラー作家なわけですから……」

「ベストセラー……実感がありません」

「そうですか?」

「ええ、書店などにもなかなか足を運べませんし……」

「ああ、色々とお願いしていますからね……今日はサイン五百冊……」

「い、いえ、サインなどをお願いされるのが嫌だというわけではありませんよ!」

 ルーシーさんが慌てて手を振る。私はふっと笑う。

「分かっていますよ」

「だけど……」

「だけど?」

「自分がサインを書くことになるなんて思ってもみませんでした……」

「大変ですか?」

「サインを考えるのにまず頭を悩ませました」

 ルーシーさんが自分の頭を指で軽く抑える。

「でも……」

「でも?」

「結構堂に入ってきましたよ、ルーシーさんのサインを書く様子」

「か、からかわないで下さいよ……」

「いや、本当に……」

「そういう冗談はいいですから」

「冗談ではありませんよ」

「もう……」

「……とっても綺麗になりました」

「え?」

「え? どうしました?」

「い、いや、綺麗になったって……」

「ええ、サインが」

「あ、ああ……」

「どうかしましたか?」

「べ、別に! どうもしません!」

 ルーシーさんは声を上げる。

「?」

 私は首を傾げる。

「……それで?」

「はい?」

「今日はもうおしまいでしょうか?」

「ああ、お伝えしたいことがありまして……」

「はあ……」

「え、えっと……」

 私は視線をきょろきょろとさせる。

「なんでしょう?」

「実はですね……」

「はい」

「なんと……」

「なんと?」

「ルーシー先生の作品が……」

「ワタシの作品が?」

「漫画になります!」

「!」

「おめでとうございます!」

 私はパチパチと拍手をする。

「ま、漫画ですか?」

「はい、近年、この世界でも若年層を中心にシェアを伸ばしてきているメディアですね」

 私がルーシーさんに説明する。

「は、はあ……」

「もしかして……ご存知ない?」

「い、いえ、もちろん知っています」

 ルーシーさんは手を左右に振る。

「お読みになったことは……?」

「タイトルがパッと出ませんが……何冊かはあります」

「そうですか。今回漫画化したいというオファーを頂きまして……」

「漫画化……」

「これは良い話だと思ったのですが……もしも……」

「もしも?」

「ルーシー先生のお気に召さないようであれば、先方にお断りを入れます」

「い、いいえ、そんな、とんでもない!」

 ルーシーが激しく手を左右に振る。

「そうですか?」

「ええ、ワタシの小説のあのシーンや、あのキャラまで、絵がつくということですよね?」

「そういうことになります」

「えっと、絵柄に関してですが……」

「詳細についてはこれからルーシー先生に監修してもらうことになりますが……基本的にはシエ先生の表紙や挿し絵のイメージを出来る限り尊重する形になります」

「ああ、それは良かったです……」

 ルーシーさんはホッとした様子で胸を撫で下ろす。

「お話自体ももちろん原作を大幅に改変するということはありません」

「ふむ……」

「どういった構成にしていくかなどについては今後の打ち合わせで決めて行こうということになっております」

「打ち合わせ……」

「もちろんルーシー先生に毎回参加して頂こうと思っています」

「は、はい……」

 居ずまいを正すルーシーさんに私は笑う。

「そんなに緊張しなくても大丈夫ですよ、優しい感じの女性でしたから」

「あ、そうですか……」

「漫画家さんも女性です」

「へえ……」

「やはり、ルーシー先生の作品の世界観を表現するのは、女性漫画家さんが適任だろうという話になったようで……期待の新人さんだそうです」

「新人さんですか……」

「いや、実力は確かだと私も思っていますよ?」

 ルーシーさんが慌てる。

「いえいえ! そんな生意気なことを考えたわけではなくてですね! ……私も?」

「実はネームを見せてもらって……それをお借りしてきたんですが……」

「ネーム?」

「漫画の下書きのようなものです。といっても、ほとんど完成形に近いかたちですけどね。漫画家さんの気合いの入りようを感じます……どうぞ」

 私はカバンからネームを取り出し、ルーシーさんに見せる。

「わあ……!」

 ネームを見たルーシーさんの顔がパッと明るくなる。

「これならヒット間違いなしかと……」

「ええ、間違いないです! ワタシが読者なら、思わず手に取ってしまいます!」

 ルーシーさんが笑顔を見せる。私は企画の更なる成功を確信した。
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