第3話(4)転スラ

文字数 1,930文字

「どうかしましたか?」

「マルさん……」

「はい?」

「もう少し柔軟に考えてみませんか?」

「柔軟に?」

「ええ」

「……硬いのはダメですか?」

 マルさんは俯く。体がぷるんぷるんと揺れる。

「ダメとは言いませんが、一般の読者に受けるとはとても思えません」

「好きなものを書くのはそんなにダメなんですか?」

「その場合、ご自分だけが満足している状態になりかねません」

「自分だけ……」

「大半の読者が置いてけぼりです。ほとんどついてきてくれないでしょう」

「むう……」

「ただ……」

「ただ?」

「そういった問題を解決する方法があります」

「ほ、本当ですか⁉」

 マルさんが立ち上がる。

「……落ち着いてください」

「す、すみません……」

 マルさんが席に座る。

「その方法ですが……」

「はい」

「流行りのものを書くということです」

「え?」

「流行に乗っかるのです」

「そ、それは分かります。ですが……」

「ですが?」

「それが解決方法なんですか?」

 マルさんが首を傾げる。

「流行りのものを書くことのメリットはまず……それだけで手に取ってくれる読者が増えるということ。これはとても大きなメリットです」

「そ、それでも!」

 私の説明にマルさんは不満そうな顔になる。私は尋ねる。

「なにか?」

「安易に流行に乗っかっても埋もれてしまうだけだと思います」

「そうですね」

「そ、そうですねって……」

「要は乗り方の問題です」

「乗り方?」

「ええ、他作品との違いをアピールするのです」

「違いですか?」

「そうです、読者の方に『これは他とは違うな』と思わせれば良いのです」

「そ、それはなかなか難しいような……」

「いや、マルさんならば可能です」

「ええ?」

「マルさんの書かれる文章、硬さは多少否めませんが、文章力の高さは随所に伺えます」

「は、はあ……」

「これだけでも他と一線を画すことが出来ます」

「そ、そうでしょうか?」

「はい、この硬さを逆に利用するのもありかもしれませんね……」

 私は顎をさすりながら呟く。

「硬さを逆に利用?」

「そうです。何か思いつかないですか?」

「う~ん」

 マルさんが腕を組んで考え込む。

「思い付きませんか?」

「い、いやあ、そう言われても……」

「この硬い……真面目な文章に似つかわしくない設定を作るのです」

「似つかわしくない設定?」

「とことんおバカな方向、ありえない方向に振り切ることですかね?」

「お、おバカ……ありえない……」

「それでいて流行を外さない……」

「む、難しくないですか?」

「まあ、ちょっと考えてみましょう。現在の流行はなんですか?」

「え、や、やっぱり……異世界への転生・転移ものですかね」

「そうです」

 私は頷く。マルさんが戸惑う。

「い、いや、流行しているのは重々分かっているつもりですが、ボクはああいうジャンルにはどうしても苦手意識がありまして……」

「あえて向き合うことで見えてくるものもあります」

「!」

 私の言葉にマルさんが目を丸くする。

「流行に目を背けるだけでなく、トライしてみることも必要なことだと思います」

「ふ、ふむ……」

「マルさんの作家としての引き出しが増えると思うのです。いかがです?」

「……た、例えば、どういう転生・転移が良いでしょうかね」

「……」

「い、いえ、すみません、それをボクが考えるんですよね……」

 私は右手の人差し指を立てる。

「……ひとつ、思い付いています」

「え⁉」

「スライムがニッポンに転移するのです」

「ええ⁉」

「転移して、プロレスラーになります」

「プ、プロレスラー⁉」

「『転移したらプロレスラーになった件』略して『転スラ』です」

「りゃ、略称まで⁉」

「ええ、ピンときました」

「で、でも、スライムである必要性が感じられませんが?」

「スライムの方は体が柔らかい、形状も自由に変化することが出来る……」

「あっ……」

「その特性を活かして無双します。俺TUEEE好きな方もにっこり」

 私は笑顔を浮かべます。マルさんが考え込む。

「意外性はあると思うんですけど……」

「何か気になることが?」

「ボクの好きな要素を少しでも盛り込めればと思ったんですが、無理そうですね」

「出来ますよ」

「えっ⁉」

「ニッポンのプロレスの歴史を紐解くと――私もよく分からなかったのですが、先日プロレスジムに取材する機会に恵まれました――各団体が林立、それぞれが時には手を組み、時には争い、隆盛・衰退を繰り返すその様はさながら戦国時代です!」

 私はビシっとマルさんを指差す。マルさんが息を呑んで呟く。

「少し、いや、かなり興味が湧いてきました。なるほど、団体間の争いなどを戦記風に描けるかもしれませんね……分かりました。それでちょっと考えてみます」

「よろしくお願いします」

 私は頭を下げる。打ち合わせはなんとかうまくいったようだ。
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