第2話:ナマ活のコツ

文字数 1,883文字

 うちのステーションでは主任がみんなの都合やお客様との相性を考えながら、毎日の担当を決める。だから、お客様の方から見ると同じ看護師が続いたり、逆にほとんど当たらなくなったりすることもわりとある。あたしの場合、初回からぶどうさんの担当が続いた。
「またあたしですみません」
「そう思ってるのかな」
 皮肉を言うくらいには慣れてくれたようだ。
「思ってないですね。お話してて楽しいですし」
 他の人がNGを出したから、その分ぶどうさんが続いたのかもという心配はしても仕方ない。
「晩ご飯のおかずをちゃんと考えるようになったとか」
 思わずにっこりして、
「それはありますね。今日は寒いので鱈鍋にしようかなって」と言うと、
「いいね。でも、この牡蠣も良くない?」
 一緒にスーパーに行って、鱈と牡蠣のパックを手に取って相談する。まるで二人で鍋を囲む用意をしているみたいだ。

 指折りて食べし食べたし鍋数へ

 ぶどうさんは時々俳句を詠む。鍋って冬の季語なんだろうか。
「これまで食べた鍋とこれから食べたい鍋を数え上げたってことですか?」
「うんうん。例えば仲の良い夫婦の会話を想像して、鱈鍋の時は楽しかった、牡蠣鍋の時はなかなか帰って来てくれなかった。いつかはふぐ鍋やかに鍋も何かの記念に食べたいねって会話してる」
 鍋って家族向け。だのにぶどうさんは白菜や豆腐はもちろん、春菊も椎茸もしらたきも揃えて、その膨大な食材を何日も掛けて食べたりするそうだ。
「ぼくはマジメさが変な方向に行ってるみたい」
 喉が詰まりそうになる。

「みかんさんは生保のことくわしい?」
 話の流れと関係なく、いきなりそういうことを言う。ぶどうさん曰く文脈気にするから話の接ぎ穂が繋げなくなるんだそうだ。

 夏コキア会話の接ぎ穂教えてよ

 真っ赤なコキアを見て、きれいキレイって言ってるうちに彼との会話が途切れてしまった内気な女の子を想像して詠んだそうだ。自分のことばかり詠んでもおもしろくない、フィクションがあっていいじゃないと言う。
「ずっと精神科のナースやってきて患者さんは生活保護受給者の方が多かったんですが、表面的なことしか知らなかったです。教えてください」
 ぶどうさんの経歴はもちろん知ってますからという意味を込めて、ちょっと媚びの目線。
「いや、自分が受給するようになって得た知識を教えられるだけだよ。誰でも役に立つ可能性があることだし」
 冗談半分な感じで言う。
「ぜひご指導ください」
「生保はいろいろあるけど、生活扶助と住宅扶助と医療扶助が中心。生活扶助は食費や衣類に当てる費用で、余った分を貯金してもいい。というか貯金をしておかないと冷蔵庫や洗濯機が壊れて買い替える時に困りますよって、ケースワーカーの人に最初に言われた。実際、二年前に五年も経たないのに冷蔵庫が壊れたんで、詠みました」

 春待たずなどて逝きしか冷蔵庫

「あは、せつなさが伝わってきます。必要なのにカバーしてくれないんですね。盲点でした」
「エアコンや自転車は認められるけど、土地建物や自動車はダメ、処分してくれって言われる」
「えっとつまり賃貸マンションやアパートしかダメってことですか」
「うん。住宅扶助は賃料の実額を見てくれるけど、上限があるから本当のマンションは無理かな。上限額は地域によって違って、でも東京23区の場合一律です。これでどうなるかわかる?」
 しばらく考える。
「この区だと港区なんかより広くて築浅の物件が借りられる、ですか?」
「正解。この区にナマポの人間が多いのはちゃんと経済行動学的理由があるんです。医療扶助はみかんさんはくわしいよね。精神科の医療には自立支援医療が適用されてそちらが優先するけど、いずれにせよ自己負担がないからすごくありがたい」
「福祉事務所の窓口で申請を受け付けるのを渋るって聞きますけど、どうなんでしょう」
「聞きますね。弁護士について来てもらうのがいいでしょう。法テラスとか。財布を空にしておくとかコツも教えてくれますし」
「お財布に少しでもおカネがあるとダメなんですか?」
「例えば二千円あったとしたら、『今晩はそれで飲食できますよね。なくなったら来てください』ってね」
「そっかぁ。身体検査されちゃう?」
「弁護士の前でそんなことしない。福祉事務所にはマニュアルがあるんでしょ。知らんけど」
 ぶどうさんは大阪生まれらしい。東京が長いらしいけど。
「でも、定型的なことを訊くのはありそうですね」
「うん。それに引っ掛かるとまた来てくださいってなるような」
「知ってると知らないとで大違い。就活みたいですね」
「ナマ活です」
 顔を見合わて笑う。






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