第34話 <初めてのドレスフィッティング>

文字数 1,412文字

初めて自分のお客様のフィッティングを担当する事になった。

小柄なウェーブヘアの女の子と、
ちょっととんがった感じの男の子。

まだ若いカップルさんだ。
どことなく、私と佑に似ている気がした。

試着室の外の大きな鏡の前までエスコートすると
彼女がスカートの裾を踏んでつんのめった。

「バカ! 気をつけろ!」

口は悪いが、彼は優しく手を引いた。

そして鏡に映る彼女の事を、目を細めて見ていた。

「本当に彼女の事が好きなんだな」

そう思わせる目だった。

ドレスの試着が終わり、
彼女が「ちょっと化粧室行ってくるね」と席を外した。

「彼女さんとはどこでお知り合いになったんですか?」

「専門学校です」

「えー、そうなんですか?」

ますます私たちみたい。

「なんか、可愛くてしょうがないんです。 あいつのこと。
俺にはもったいないって思ってて」

鼻の頭を掻いて彼氏さんは言った。

「ほんと俺、あいつのためだったら死ねます。
なんて、すいません、熱くなっちゃって」

そう言ってはにかんだ。

やだ、そのセリフって……

「俺、おまえのためなら死ねるよ」

いつかの佑の真剣な顔を思い出した。

初めてのフィッティングは和やかに終わり、
私は二人が手を繋いで帰って行くのを、
お辞儀をして見送った。

可愛らしいカップルさん。
お幸せに。

ほっとした心持ちで家に帰ると、
私の分の郵便物が分けられてテーブルの上に置かれていた。

その中の一枚に外国からのポストカードが混ざっていて、
差出人を見ると佑からだった。

「わ、なんか絶妙なタイミング」

ポストカードは砂漠の写真にアラビア語が印刷されていた。
発送元はモロッコ。

「またすごい所飛び回ってるなー」

カードには

「元気か?
結局実家に戻ったみたいだな。
その後どうしてる?」

と書いてあった。

「そう言えばその後の報告してなかったな……」

私は、LINEの佑の名前をタップした。

「ハガキ届いたよ。 連絡しなくてごめん。
私はその後ウェディングドレスのショップに仕事が決まったよ。
いろいろ心配してくれてありがとう」

と打って送信ボタンを押し、
しばらくすると返信が返ってきた。

「仕事決まったなら連絡くらいしろって!!
あれからどうしたかなって思ってた。
まぁ決まったなら良かった。 頑張れよ」

「ごめん。 
なんとなく彼女もいるみたいだし、連絡控えてた。
モロッコなら日本よりフランスの彼女にも会いに行きやすいね」

「何でそれ知ってんだよ!
って言うか、彼女とはもう別れた。
遠距離と文化の違いは超えられなかった」

え? 別れたの? ……彼女と。

ふーん、そうか……。

「モロッコで何してるの?」

「取材兼バカンスってところかな。 
一ヶ月くらいいる予定」

「優雅だねぇ」

「ほとんど仕事だっつーの!!
ってか、お前ゴールデンウィークってあるのか?」

「連休はお客さんがいっぱい来るから無理。
連休明けにまとまったお休みはもらえるけど」

「お前、こっち来ないか? 人生観変わるぞ」

え!?

「モロッコ!? ってアフリカだよね!?
一人じゃ怖いよ!!」

「飛行機だけ頑張れば、空港まで迎えをやるよ。
今のお前に見せたいものがある。
お前の将来にも影響あると思うぜ」

妙に熱心な……。

でもまぁ、そこまで言うなら行ってもいいかな……
という気持ちになった。

それに…… 佑にちょっと会いたいと思った。

「わかった。 
飛行機のチケット取れるか次第だけど、行く」

そう返事をし、私は早速エアチケットを手配して、
ゴールデンウィークは死ぬ気で働き、モロッコへ飛び立った。

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