第21話 <過去形>

文字数 990文字

佑と付き合い始めて三ヶ月が経った頃のある日、
ルミとユイカが

「今日デザートパラダイスに行こうよ!」と話していた。

あ、私も行きたいな。

久しぶりにそんな風に思った。

「私も行きたい!」

と言うと、

「ぶちおはいいの?」

とルミが聞いた。

「うん、今日はいいかな」

あれだけ時間があれば佑の所に行きたくて仕方なかったのに、
今日は不思議とそんな風に思った。

教室で男子たちと喋っていた佑のもとに行き

「今日はユイカとルミとデザートパラダイスに行く」

と告げると

「そうか、楽しんで来いよ!」

と笑った。

数日後、帰り際に階段の踊り場で

「今日はバイトないけどどうする?」

と聞くと

「今日はどうしても宮本がうちに来たいって言って、ごめん!」

と謝られた。

「ほんとは一緒にいたいんだけど」

佑はそう言って軽くキスをし、
「じゃぁな!」と階段を駆け下りて行った。

最初はキスがあれだけドキドキしたのに……。

今はそれほどドキドキしなくなった事に気がついた。

まるで普通に挨拶するくらいの感覚……。

佑の部屋に行っても、ふわふわ綿あめは、
まるで本当の綿あめが時間とともにしぼんでしまうかのように、
天にも昇るような感覚はもう味わえなくなっていた。

「今日はバイトは?」

佑から聞かれると

「あぁ、今日はバイトだーー」

ちょっと家に行くのがめんどくさい……そんな風に思う日が増え、
いつしか私は嘘をつくようになっていた。

「そっか……」

佑は寂しそうな顔をし、その顔が私の罪悪感を増幅させた。

それでもたまに佑の部屋に行くと、
佑からは変わらず痛いほどの愛を感じた。

「俺、お前のためなら死ねるよ」

本気の目をして言った。

私はその一点も曇りのない佑の思いが、少し怖かった。

嘘をつくのが心苦しかった私は本当にバイトのシフトを増やし、
佑とはほとんど予定が合わなくなった。

あれだけ好きだと思っていたのに……
こんな気持ちになるなんて。

自分でも私に何が起こっているのか理解できなかった。

佑と普通におしゃべりする事も少なくなったある日、
ひとり屋上でぼんやり空を見ていたら人の気配がして、
振り向くと佑が立っていた。

「今日、うち来ないか?」

そう一言だけ佑は言った。

私は黙ってうつむいた。

「俺の事好きか?」

その問いに、

「好きだった」

と、過去形でしか答えられなかった。

佑の顔は見れなかった。
どんな表情をしていたかはわからない。

「俺は、本気だったよ」

それだけ言うと佑はその場を立ち去った。

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