第41話 <私は私で>

文字数 1,357文字

壇上に上がると生徒たちの目が一斉にこちらに集まった。

マイクを握る手がじっとりと汗ばむ。

「えっと、磯山果穂です。
同じく広告クリエイター養成コース卒業生です。
私は先の二人とは違って、
仕事に対しては『好き』という情熱も
覚悟もありませんでした」

こんな話で申し訳ないなぁと思っていたが、
生徒たちはまっすぐに私の話を聞いていた。

「私はこの学校に来た時は特にやりたい事もなく、
何を目指していいかわからない状態でした。
たまたま学校から紹介された編集スタジオに就職しましたが、
これも最初は辞めたくて仕方なかった!!」

そう言うと、生徒達から「あはは」と笑いが起こった。

「で、最初に就職した編集スタジオは4年で退社します。
退社理由は、後輩に追いつかれた焦りからの逃げでした」

ええい! 
こうなったらカッコ付けずに全てを正直に話そう!
これが私の事実だし!!

「辞めてしまってそこから色々あったのですが、
なぜかその後ウェディングドレスのお店で働きます。
クリエイティブに関係ないです。 すいません」

また生徒たちから笑いが起こり、
なんとなく場がくだけた雰囲気になった。

「ですが! またここから事態は動き、
私は今ブライダル動画の編集をしています。
人生何がどうなるかわからないなと思います」

生徒たちが真面目な顔になり、
中には前のめりに姿勢を直す人もいた。

「最初、『編集なんて』と思って始めた職業でしたが、
一度その仕事を離れてみて、世の中に私の技術を
必要としているポジションがあるんだなって事を知って、
また、技術というものを持っている自分が
なんだか誇らしく思いました。

今の仕事は有名なCMを手がけている訳でもないし、
最先端のクリエイティブな仕事をしている訳ではありません。
でも、編集スタジオでクセ強めのお客さんに、
神経を削られながら仕事するのは、私にはしんどかったし、
そこまで高みを目指す気もなかった私には、
今のこの職場が丁度良いんです」

生徒たちは変わらず真剣な顔で私の話を聞いている。

「『適材適所』ってあると思うのです。
私にとっては、このブライダル動画の仕事が身の丈に合っていました。
お客さんと直接どんな動画にしていくのかお話したり、
また完成したものを見てもらって、時に涙してくれる人もいる。
今、この仕事をしていて、働き始めて初めて
『仕事って楽しい』と思えるようになりました」

そう、いつか天野くんが言ってた
『きっとどんな場所にたどり着いても、
自分次第でそれを正解にできる』
その言葉が今腑に落ちた。

「ただ、そこにたどり着くまでには基礎的な事の勉強や
修行の期間は必要だと思います。
私は最初に入った会社で、この基礎を叩き込まれたのが
良かったと思っています。
確かに辛いこともいっぱいあったし、
こっそりトイレで泣いてしまった事もあります。
だけど、それがあって今ここに繋がっている。
辛かった経験は無駄ではないと思っています。
まぁ、もう一度やれって言われたら『嫌だ』って思いますけどね!」

そう言うと、生徒たちはどっと笑った。

「以上です!
こんな私の話が参考になるかどうかわかりませんが、
みなさん頑張って下さい!」

そう言って頭を下げると、大きな拍手が起こった。

頭を上げて先にスピーチした二人を見ると、
リーダーは親指を立てて「グー」というポーズをし、
佑は大きく頷いていた。

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