第38話 <ネクストステージ>

文字数 1,235文字

私は気を引き締めるために、
再び小さなアパートで一人暮らしを始め、仕事に集中した。

ドレスショップで働く日々が続いたある日、
系列会社でウェディングビデオ制作会社の社長、
神崎さんがやってきた。

「動画の時代だから、事業を拡大しようと思っていて」

石井さんにそんな話をしているのを、横で聞いていた。

「これまでは素人のバイトに
フォーマット通りのものを作らせていたんだけど、
もっとカップルごとにオリジナリティのあるものを
作りたいと思ってね。
だからちゃんと編集がわかっている人間が欲しいんだけど、
プロのエディターはなかなかこういったウェディングビデオを
やりたがらなくてね……」

え、それって…… 私ならできるかも!?
そんな風に思った。

「あの!
私、実は前に編集スタジオでエディターやってたんです!」

思わず神崎さんに話しかけた。

「え! ほんとに?!」

そこから神崎さんと私は話しが弾み、
トントン拍子で編集の仕事をする方向に話が進んだ。

「あなたはその場所の方が輝けそうね」

石井さんも私を快くドレスショップから送り出してくれた。

ネクストステージ。

私はまた新たな扉を開いた。

神崎社長のオフィスに移り、早速仕事が入った。

披露宴で流す二人の馴れ初めを紹介する映像だ。

「さすが、編集の基礎ができてる人だね。
つなぎのテンポが流れるようで見ていて心地良い」

久しぶりの編集だったが、
自分の得意な作業は、やっている自分も気持ちが良かった。

初仕事の動画を納品後、新郎新婦の方々から、
お礼の手紙が届いた。

「とても見やすくてちゃんとした作りで、
自分たちの事もしっかり汲み取って
くれているのが伝わりました。
思わず泣いてしまいました。
こちらにお願いして良かったです! 
この動画は一生大切にします!
感動をありがとうございました!!」

その手紙に私も感動していた。

私の手がけたものが誰かの心を震わせたんだ。

そのオリジナリティある動画制作は評判となり、
私だけでは仕事が追いつかなくなったので、
社長はスタッフを増員した。

「ウェディングビデオは依頼主にとっては一生に一度のものなの。
だから単に作業をこなすんじゃなくて、
依頼主の『思い』を汲み取ることが第一だよ」

私は後輩たちにそう指導した。

時に壁にぶつかる時もあったが、
その度に私は佑の言葉を思い出し、
逃げずに目の前の事ひとつひとつに真摯に向き合った。

忙しなく動き回る日々が続き、
気がつけばウェディング動画の会社に移って二年近くが経っていて、
私は「チーフ」と呼ばれるようになっていた。

「チーフ、相談があるんですけど……」

エディターの大桃さんが私を呼び出した。

「後輩達がみんな優秀で、
私はもう必要ない人間なんじゃないかって……」

ぽろぽろ涙をこぼしていた。

「そんな事ないよ。
どんなに自分では何もないと思っていても、
何かしらあなたらしさはあるんだよ。
大桃さんだったらその繊細さがきめ細やかな編集に繋がってる」

そう言って彼女を励ました。

なんだか…… 昔の自分に話しているみたい。

不思議な感覚だった。
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