第４３話　＜本気の好き？＞

それからまた何ヶ月かが過ぎ、
私はエディターとしてだけでなく、
会社の運営についても神崎さんと対等に
話し合ったりするようになった。

動画を収録したDVDのパッケージも、
もっとおしゃれにこだわりたいと思い、
デザインをユイカにお願いすることにした。

「久しぶり！」

私たちはハグをして再会を喜んだ。

「みんなその後元気にやってる？」

ユイカが聞いた。

「ルミは今、子育て中で仕事はセーブしてるみたい。
リーダーは相変わらず企画やってるっぽいよ。
なっしーはわからないけど、
辞めたって聞いてないから頑張ってるんじゃないかな？」

そして少し間をおいて

「佑も…… 仲間と会社起こして頑張ってるよ」

と言った。

「ぶちおと会ったりしてるんだ？　より戻したの？」

「いや、たまーーに会って世間話するくらい」

そう言って苦笑した。

「二人とも付き合ってる人いないの？」

「私はいないよ。
あの人はわかんないけど」

「私、クラゲとぶちおが別れたって聞いて残念だったんだ。
凸凹カップルって感じでお似合いだったし、
私がリーダーと付き合えなかったから、
クラゲは上手くいってほしいって心の中で応援してた」

なんと、ユイカがそんな風にうちらを見ていたとは。

「それにさ、ぶちお、
本当にクラゲが大好きなんだなーーって」

クスクスとユイカは笑った。

「休み時間とか、二人が付き合う前も別れた後も、
ずっと目で追ってたよ、クラゲのこと。
わかりやすすぎて、みんな気づいてた。
クラゲは気づいてなかったかもしれないけど」

「え？　そうなの！？」

知らなかった……。
なんだか顔が熱い……。

「大人になるといろんな邪念で
本当のことが見えなくなっちゃうけどさ、
あの頃の私たちって当時は悩みまくりだったけど、
今振り返るとピュアだったなって思う」

「そうだね」

私も苦笑した。

「もしクラゲとぶちおがより戻ったらさ、
すごい素敵だなって思う。
クラゲはもうその気はないの？」

「え？」

急に聞かれて戸惑った。

「いや、今更でしょ！」

そう言ってはぐらかしたものの、
ユイカの言葉は心に引っかかった。

佑とよりを戻す。

モロッコでは
「またそう言う風になれたら……」
なんて思ったりもしたけれど。

駅の改札を出て、アパートに向かうまでの線路沿いは、
カンカンと踏切の音が鳴っていた。

佑に言われて頭を打たれて、この二年間仕事に没頭してきた。

結局私は今、どの辺りに立っているのだろうか？

佑と釣り合う人間になれているのだろうか？

『二人が付き合う前も別れた後も、
ずっと目で追ってたよ、クラゲのこと』

ずっと見てたんだ、私のこと。

あの頃……、いや、あの頃だけじゃない。

私が窮地に陥っていると、どこからともなく現れて、
手を差し伸べてくれる。

私が間違った方向に行きそうになると、
たしなめて正しい方へ導いてくれる。

いつも、どこかで私を見守ってくれているような存在。

佑…… 何でこんな私にそこまでしてくれるの……？

佑の事を思うと胸がきゅんと痛むのは何？
これは快楽の好き？　本気の好き？

『青信号が灯るような人が現れたら大事にしなさい』

石井さんの言葉が頭に浮かび、
よくわからない涙がひとつこぼれた。

なんだ？　なんで泣いてるんだ？　私。

涙をぬぐっても、頭に浮かぶのは佑の顔。

笑った顔、真剣な顔、優しい顔。

その顔に胸が苦しくなるのは、佑が隠れイケメンだから？

踏切を電車が通過して行き、遮断機が開いた。

いや、そうじゃない。

広告クリエイター養成コース、一年Bグループ。

最初、あの場所は冴えないと思っていたけど、
今、こうして振り返ると、全てがキラキラした時間だった。

みんなで課題に頭を悩ませて、
海で遊んで内緒話に花を咲かせて、
一緒に変な映画作って、
お腹がよじれるかと思うくらい笑って。

私の、大切な時間、大切な仲間たち。

リーダー、ルミ、なっしー、ユイカ、そして…… ぶちお。

隠れイケメンだからじゃない。

分厚いレンズの銀ぶちメガネで、
目が小さくなって虫みたいな顔になってた。

学校に馴染めなかった私を、仲間として認めてくれた。
ひとり打ち上げから帰った私を心配して追って来た。

そう、いつだってあの人は……。

そんなぶちおな佑も、付き合ってた時の佑も、今の佑も……。

『俺は、本気だったよ』

佑の真顔を思い出し、
春先の夜の、どこからか沈丁花の香る湿った風の中、
私は少し微笑んだ。