1 環状地竜狩り

文字数 1,960文字

 街から遠く離れた荒野で、俺は雨の降る中を歩いていた。着ている深緑のコートが雨粒を吸っていき、両肩にずしりともたれかかる。自慢のオールバックの赤髪も、この雨のせいできまっていない。
 雨は嫌いだ。しかし、俺の生業においては稼ぎ時だった。
 雨水が頬をつたって短い顎髭にたまり、雫が地面にしたたり落ちる。たまたま水たまりの上を歩いていたので、そこに雫が波紋を作った。おかしなことに波紋は一度で止まらず、持続的に輪を作り続ける。
 水たまりの波紋は、その外周から起こっていた。地面が揺れているのだ。それが奴らの出現――狩りの始まり――である。
 近くの地面がひび割れ、ぼこりと盛り上がる。薄黄色の太い管が一本生えてきた。続けて別の地点からも一本、少し離れて同じようにもう一本。連鎖するように続いていき、計十本の黄色い管が辺りに生えそろった。
 管は地面から三メートルほどの背丈で、円形の節と節を繋げたような姿をしている。それは身に走る赤黒い血管が脈打つたびに、身体をぐねぐねとよじらせた。しかし先端だけはおじぎするように垂れていた。
 先端には穴が開いており、中はうす赤色のグロテスクな粘膜が見える。穴の周囲にはやや丸みをおびた牙が、穴の外向きに伸びていた。
 輪を繋げたような見た目から、環状地竜と呼ばれる亜竜だ。もっとも、この世界に竜の血が混じっていない生物などいないので、“亜”とわざわざつける必要もないのだが。
 地竜たちはうねうねと蠢くばかりで、こちらに気づいた様子はない。それも当然だ。彼らは呼吸をしに、地面から顔を出しただけなのである。
  地面を掘り進み移動と食事をこなす彼らにとって、雨による浸水は呼吸の天敵である。結果、定期的に地中から這い出てこなければならない。
 だから、俺たち亜竜狩りはその時を狙う。
 俺はコートの裏側から、引っかけてある二本の直刀を取り出した。どちらも抜き身で曇天の中、鈍く光りを反射している。一匹の地竜の傍まで近づき、稲穂のように垂れている首に刀を差し込んだ。
 刀身が黄色い肉にするすると飲み込まれていく。薄い抵抗感が途切れた時、切っ先が反対側から飛び出していた。そして腕に力を込めて、刀を直下に振り下ろす。大きな抵抗もなく地竜の頭と体が切り別れた。
 頭が先に地面に落ち、小さな水たまりがばしゃりと跳ねた。水たまりが赤黒く染まり、流れ出た水が地面に赤い筋を通す。身体は切断面から数回体液を噴き出した後、頭よりも派手に水飛沫をあげて地面に倒れ伏した。
 環状地竜にある感覚器は、どれも弱々しいものとされている。しかし仲間が傷つき倒れたことは感知できたようで、とある一匹が頭をもたげて大きな鳴き声をあげた。
 まずい。一匹目から気づかれてしまった。
 俺は鳴き声をあげる一匹に狙いを定め、刀を持ったまま走り出した。幸いそう遠くない地点にいる個体で、時間もかからずたどり着くことができる。
 勢いそのままに跳び上がり、二本の刀を地竜の体に突き刺した。重力にしたがい、俺の体が地面に引かれていく。それに比例して、突き刺した刀が地竜の体をバターのように裂いていった。
 ふわりととした着地と共に、二匹目の地竜が地面に倒れる。びしゃりと泥が跳ねて、俺のコートに汚らしい柄ができた。それには泥だけでなく、地竜の体液も入り混じっているようだ。今は雨のせいで臭いも薄いが、きっと渇けば酷い悪臭を放つだろう。
 コートの洗濯を思い憂鬱になりながらも、再び近くのターゲットに向かって走り出す。同じ要領で四匹討伐したところで、地竜たちは地面に引っ込み始めた。息継ぎを終えたのか、はたまた危険を感じたのか。どちらにせよ、飯の種は少しでも多い方がいい。
 地面に潜られればもう追うことはできない。駆け出した先にいる地竜は、すでに一メートルほどしか見えていなかった。刀を交差させ、それの頭が消えてしまう前に切り払いながら走り抜けた。
 振り返ると、地面から伸びる管はすでになくなっていた。そしてまばたきの後に、ちぎれ飛んだ地竜の頭が転がる。この瞬間、今回の成果は五匹の討伐となった。
 コートをさらに汚しながら地竜の死体を集める。小さな防水袋からカメラを取り出し、雨に濡らさないよう注意して写真を撮った。
 じりじりと音が鳴りカメラから写真が現像される。天候のせいでやや写りが悪いが、五匹の地竜を確認できるのでよしとした。やはり濡れてしまわないよう注意して、写真ごとカメラを防水袋に直した。
 地竜の死体をそのままに、俺は街へと踵を返した。
 曇り空の中、遠く離れていても確認できる街の影がある。そこには大きな看板が掲げられ、ネオンの光で『荒野の歓楽街“プレディレール”へようこそ』と書かれていた。

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