3 家賃

文字数 1,121文字

 居住区にある二階建て――というより平屋の屋上に、一室分の小屋を増設したような歪な建物。その小屋の方に俺は住んでいた。
 小屋の中はベッドと箪笥、それと洗濯桶に小さな机が目につくくらいで閑散としている。狭い部屋だが、そのおかげでくつろげる余裕があった。
 仕込んでいた刀を片付け、濡れて重くなったコートを洗濯桶に投げる。びしょびしょの髪をタオルで拭き取り、肌着も新しい物へと着替えた。服の洗濯を後回しに、貰った報酬を見つめる。
 報酬から趣味に使う備蓄分を引き、家賃用の貯金と足す。すると……家賃に足りていない。
 この部屋の家賃はかなり安い。屋根と壁を介してもはっきりと聞こえてくる雨音や、気がつくとすぐに生えてくるカビの類など、そういった劣悪な条件を加味しても安い。
 しかし実際のところ払えないのだ。つまり高いのではないだろうか。報酬の九割を趣味に使って足りないのである。この推測は間違っていないはずだ。
「ユリンくーん、いるかな――うわ、くっさ」
 家主に抗議するしかない、そう決意していたところで部屋の扉が開いた。失礼な言葉と共に現れたのは、家主であるヒリニィ・ウェスポンだった。刈り込んだ銀色の短髪に知的な四角い眼鏡、家庭的なピンクのエプロンがどれもミスマッチだ。
 ヒリニィは鼻をつまみながら、玄関から入ろうとしない。そのせいで雨にうたれている。濡れる不快感より俺の部屋に入る不快感が勝っているのだろうか。
「なにこの臭い? 泥とカビをシェイクして飲んでたの?」
「そんな一杯するわけないだろ。狩りの後だよ」
「ならさっさと湯浴みに行きなよ。服は着替えて焼却してね」
「そこまでする必要はないよな?」
「そうだね。本人ごと焼けば手軽だね」
 確かに悪臭があるのは認めるが、ここまで言うことはないだろう。そこで妙案が思いつく。今この場でヒリニィを亡き者にすれば、家賃を払わなくて済むのではないだろうか。片づけた刀の位置を目だけで確認し、彼との距離を測る。
「そうそう、家賃の話で来たんだけど――」
 やるしかない。大丈夫、俺ならやれる。
「今月は払わなくていいよ」
 格安で部屋を貸してくれる恩人を思えば、多少の暴言だって可愛いものだ。なんならいくらでも言って欲しい。
「ということは、なにか仕事があるのか?」
 家賃を払わなくていいというのは、ヒリニィの交渉の常套句だ。主に俺になにか頼み事がある時に用いられる。彼は副業として人攫いをしている外道なので、たいてい危ない橋を渡らされる。しかし家賃を払うよりはずっといい。
「仕事なんて大げさなもんじゃないさ。おつかいだよ」
 ヒリニィは俺に向かって、人のよさそうな笑みを浮かべた。
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