4 おつかい

文字数 1,412文字

 ヒリニィから頼まれた仕事は、本当におつかいとでも言うべきものだった。
 食べ物と飲み物を買い、指定された建物の一室へ届けるだけ。買い物の代金も事前に渡されているし、俺の懐も痛まない。家賃の代わりとしては破格の頼み事である。
 缶詰と水、乾燥果物が入った紙袋を抱えて通りを歩く。雨はすでに止んでおり、空は曇り模様だが濡れる心配はない。途中でおつりを使いチョコレートを買った。それを食べきる前に、目的地にはたどり着いた。
 その建物は居住区の中でもやや奥まった場所にあった。二階建ての集合住宅のようで、壁や外付けの階段には年季がうかがえる。値段をつけるなら安い建物だろう。一階にある一番端の部屋へ足を踏み入れた。
 玄関から短い廊下が通り、途中にトイレと簡素なキッチンがある。進んでいき、突き当りにある扉を開いた。そう広くない部屋の中には、家具やマットの類は一つもなかった。異質なのは窓もないことだろうか。
 垂れ下った電灯が部屋を淡く照らしている。その下で、板張りの床の上に転がされているズタ袋があった。サイズは十代の子供がすっぽりと納まるくらい。膨らんだシルエットを見るに、きっと入っているのだろう。
 たいへん不気味である。さっさと食べ物を置いて帰ろう。
 紙袋を置くと、それに反応するようにズタ袋が動いた。その中からくぐもった呻き声が聞こえてくる。もぞもぞと必死に脱出しようとしているようだ。不安感と迫力に捕らえられ、俺はじっとその様子を見ていた。
 突然、袋が破れて尻尾が生えた。そう、それは爬虫類によく似た尻尾だ。先端へ近づくにつれ細くなっており、表面積の半分を滑らかな鱗に覆われている。鱗がない部分は腹側なのだろう。伸縮性のありそうな、ざらりとした皮膚が露出していた。
 俺はその尻尾に目を奪われた。尻尾は袋から解き放たれ、おおざっぱに袋の表面や床を確かめている。四肢とまではいかない不格好な動きが、蠱惑的に俺の出来心を誘っている。灯りをぬめりと反射する白黄色の鱗は、俺にとって宝石が連なっているように見えた。
 この尻尾の付け根にいるのは、もしかして竜人だろうか。もしそうなら、見たい。
 俺はヒリニィの仕事など忘れてズタ袋の封を解いた。期待のままに袋の裾を捲り上げる。
 中身は裸の少年だった。
 金色の艶々とした髪の毛は乱れ、深い青色の瞳が涙で潤んでいる。アーモンド形の目からは長いまつ毛が伸び、ほっそりとした輪郭も相まって中性的な印象を受けた。口枷代わりの布切れが巻かれており、それがインモラルな雰囲気に一役買っている。
 尻尾の付け根から背中と脇腹の半場まで鱗が続いているが、他の部分には見当たらない。なにより口の形が違う。竜人ではない。尻尾は生えているが、単なる亜人だ。珍しいだけで俺のストライクゾーンに入らない。
 途端に興味が失せ、腹の内で後悔が重く響いてくる。女の胸の谷間を見ていたら、実は男の尻でしたと騙された気分だ。興奮した事実に嫌悪感を煽られる。
 溜め息を吐いて玄関に向かう。部屋から悲壮感のある呻き声が飛んでくるが、すでに振り返る気力もなかった。
「――ま、待ってください!」
 しかし意味のある言葉が聞こえてくるとは思わなかった。肩越しに視線をやると、暴れたおかげか少年の口枷が解けている。
「お願いします。助けてください!」
 さすがに、そのまま立ち去るほど非情にはなれなかった。
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