5 ハマリ

文字数 1,844文字

 中途半端に被ったままのズタ袋を取ってやると、少年は頬を赤くして、身を縮めるように三角座りになった。全裸だから恥ずかしいのだろう。彼は手足に拘束具をつけているため、うまく体を隠すことも叶わない。
 袋をもう一度被せてやろうか。いや、被せるとあの艶めかしい尻尾が見えなくなるかもしれない。所詮亜人のそれではあるが、見えておいた方が気分はいい。被せるのは止めておこう。
「あの、ありがとうございます」
「どういたしまして」
 少年は警戒しているのか言葉を続けない。しかし続けなければ、俺は帰るだけなのだが。
 俺が立ち去ろうとすると、少年慌てて口を開いた。
「待ってください! 僕、なんでこんなことになったのかわからなくて……」
「攫われたんだろ」
 しかし良い尻尾だ。竜人にも、これほど艶やかな尻尾は少ないだろう。
「さ、攫われた……えっと、あなたに?」
「俺は頼まれて食料を置きに来ただけだ」
 付け根はどうなっているんだろうか。体は亜人の皮膚と変わらないようだが、尻尾の厚い皮膚との繋ぎ目はどの辺りにあるんだ?
「でも、なんだかジロジロ見られてる気が……」
 少年はもぞもぞと膝を抱え直し、俺の視線を牽制してくる。まさか俺に少年趣味があると思ったのだろうか。心外である。俺は竜人専門だ。
「亜人の男に興味なんぞない」
 俺の発言に、少年は瞬きも忘れて呆然とした。なにをそこまで驚いているのか、俺には予測がつかない。邪推をするなら、自分の体に余程の自信があったのかもしれない。見た目は整っているし、その可能性がないこともないだろう。
「――ウッカさん、ですよね」
 突然名前を呼ばれ、俺の口から「おあ?」と間抜けな台詞が漏れた。どうしてこの少年は俺の名前を知っているのだろう。
「思い出しました。あなたはマダム・ミハヤの娼館に時々来てたはずです」
「名前もそうだが、な、なんでそんなことまで知ってるんだ……!?」
「僕はそこの従業員ですから。名前に関しては……あの、よく聞いていたので……」
「よく聞くってなんだ? 俺は女の子たちからどんな風に言われてるんだ!?」
 思わず少年に詰め寄ると、彼は目線を明後日の方へ向けている。
「あー……臭いとか、買う時間が短いとか、竜人ばかり抱く変態とか……」
 全身から力が抜け、その場に膝から崩れ落ちる。俺の唯一の趣味、その相手にそんな風に思われていたなんて……もう俺、立ち直れない。
「あ、いや、言っていたのは一部の人ですよ!? 臭いとか変態とかは亜人の方が言ってましたし、竜人の方はそんなに……」
「本当か!?」
 亜人の女からの評価なんでどうでもいい。問題は竜人の女の子からのものだ。
「臭いとか時間が短いのは言ってましたけど」
 やっぱり無理だわ。俺はもう死ぬしかない。
「でも、通う姿勢は情熱的で良いというのも」
「誰から!?」
「――マダムが」
「婆さんかよ!」
 いくら竜人でも、あの婆さんからのフォローなんて嬉しくない。アルスメルタちゃんや、シルバリティちゃんはどうなんだよ……今度から湯浴みと洗濯は二回ずつしてから行こう。
「……待て、マダムと話しをしたことがあるのか?」
「はい。あの人はおおらかで、僕のことを気にかけてくれてましたから」
 マダム・ミハヤは世間話を好まず、一人でいることを好んでいるはずだ。アルスメルタちゃんやシルバリティちゃんたち、娼婦の愚痴で何度も聞いた話である。
 少年があの肝っ玉婆さんのお気に入りなら、助けてやれば彼女に恩を売れるかもしれない。そうすれば、安く娼婦を抱けるのではないか。
 家賃と趣味、天秤にかけるまでもなかった。ヒリニィよりもマダムに恩を売った方がずっといい。
「亜人の少年、名前はなんていうんだ?」
 俺の気取った問いかけに、少年は眉をピクリと反応させて固まった。名前を明かすのが嫌なのか思い「言いたくないのか?」と続ける。彼はゆっくりと首を左右に振った。
 ならばなにを困惑しているのだろう。どこの琴線に触れて少年が呆けてしまうのか、いまいち掴めなかった。
「ハマリです、僕の名前」
 少年――ハマリの頬はふわりと緩んでいた。困惑していたかと思えば、いつ間にか笑っている。誘拐されて情緒が不安定になっているのだろうか。
「よし、ハマリ。俺が助けてやる」
 少しでも安心させるよう、かっこうをつけて宣言する。ハマリは感動からかすっと息を吸い込み「ありがとうございます!」と喜んだ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み