海の家♡ラブストーリーフェス2019
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文字数 2,479文字
秋永真琴
makoto_akinaga
泡がシャーベットになるほど冷やされたフローズンビールをごっきゅごっきゅと喉に流しこみながら、私は隣の席のカップルをそっと観察していた。
二十歳に満たない男女だ。
眼鏡をかけた童顔の男の子は、Tシャツをかぶって水着を穿いている。
男の子よりずっと大人っぽい風貌の女の子は、水着の上に薄手のパーカーを羽織っている。
ちなみに私はジーンズにノースリーブのブラウスという格好で、海水浴に来たお客さんでほぼ満席の海の家では、ちょっと浮いている気がしなくもない。
ま、ビアガーデン代わりに来ただけなので。
手を上げてスタッフの子を呼び止め、同じものを追加注文した。
この暑い中でよくそんなマニアックな問題を思いつくよね、おじょーさん。
さっきからこんな風に、女の子は小説に関するクイズを出し続け、男の子はそれに正解し続けているのだ。ひとつ前の問題は「『とある魔術の禁書目録』は電撃小説大賞の第何回の何賞を受賞したでしょう」だった。
端で聞いている私も、自分のお脳をけんめいに検索する。
作家志望のOLとしては負けていられない。
宮部先生は受賞してたはず。えー、あと誰だろう。辻村先生とか? 桐野先生は?
女の子はスマホで正解を検索し、目を丸くして男の子を見つめた。
男の子はクールに言い放ったけど、眼鏡の奥の目に安堵の光が灯るのが、私にはわかった。この子の前でノーミス記録を更新できてよかったね。
たぶん、女の子もわかったと思う。そういうもんです。彼女は「ふふっ」と笑って、男の子をからかうように見つめる。
男の子は拗ねたように目をそらしつつ、完全に女の子から目を離すことはできていない。
春だ。真夏なのにここだけが青い春です。
ますます暑くなった気がして、私は運ばれてきた新たなフローズンビールのグラスを傾ける。
私が彼女なら「三毛猫ホームズの〇〇」の「〇〇」に入る言葉を十個挙げさせるかな――
そんなことを思いながら、ビールの冷たい喉ごしを愉しむ。
噎せた。ビールが鼻に逆流した。
いきなりクイズの傾向が変わったよ。たぶん、ルールも変わった。
男の子はぽかんとして、それから、眼鏡の位置をクイッと直す。
「それは、不適切な質問だよ。解答を導く手がかりを得ようがない」
私は、眉を寄せた。
ここのネット。そう、男の子はいった。
「ここ」って、何?
「一六〇〇年、豊臣勢と徳川勢の間で行われた――」
「引っかかるにもほどがある。もう少し聞けよ」
女の子が天井を仰ぎ、男の子があきれた顔をする。
私は、どんな顔をしているだろう。
汗が引く。周囲の喧噪が遠ざかる。
「あのな。ル=ザヌの戦いなんだから、海底都市ル=ザヌに決まってるだろう」
「きみのことだから、またいやらしい引っかけかと思って」
「またって何だ。い、いやらしいって何だ」
にぎやかな、ごくふつうの海の家の光景だ。
その中に、こちらを盗撮しているようなひとが隠れていないか。
この子たちが話す「歴史」にうろたえる私を笑うための動画を作っている、テレビスタッフかユーチューバーのいたずらを疑ったのだ。そうであってほしかった。
改まった口調に引き寄せられて、私はカップルに視線を戻した。
女の子の表情が真剣で、きれいだ。
男の子は唇をきゅっと引き結んで、女の子を正面から見据える。膝の上で手が震えている。
女の子が、問いを発した。
問いなのだと思う。
その音声が何語なのか、私にはわからない。言語なのかどうかもわからない。
ただ、途方もなく美しい響きと旋律をともなう、神さまが天上から奏でる音楽のようなものが、彼女の口からほろほろと零れだしていた。
問いが止んだ。数秒にも、数十分にも思える長さだった。
女の子は泣きそうな顔で、男の子の反応を待っている。
男の子は、大きく深呼吸をしてから、こう言った。
女の子は大きく息をついて、ちょっと泣いて、それから笑み崩れたのだった。
だから、正解だったのだと、私は思った。
男の子と女の子は席を立った。手を繋いで、海の家を出て行った。
ふたりの後ろ姿を、私はぼんやりと見送った。
暑さとアルコールによる幻聴だとは思わなかった。「ここ」ではないところから海水浴に来た初々しいカップルの未来を祈りながら、私は残りのフローズンビールを飲み干し、スタッフの子に「同じものを」と告げた。
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