波打ち際1【2人の独り言】ヤドナシ

文字数 1,783文字

【2人の独り言】ヤドナシ

yomogi

今年は嫌に賑やかねぇ……毎年閑古鳥の鳴く海岸だったのに。あなたが生きているときは、いつも二人っきりでしたけど。
私は幽霊……30年前にこの海で亡くなった元ライフセーバーの死者である。この女性は、かつて私の恋人だった齢60の生者である。当然ながら、死者の魂である私のことは見えていない。
ここに来ると、いつかあなたが私を海に引きずり込んで、一緒に逝かせてくれるかと思ったけど……結局今日まで連れて行ってくれませんでしたねぇ。奥手なのは死んでも変わらないのかしら?
元ライフセーバーに人を溺れさせないでほしい……それに私は奥手ではない。君がせっかちなだけなのだ。
あなたのことだから、きっとまだ指輪を見つけられないで、私に顔向けできないんでしょう?……もういいわ、海に落としたペアリングなんていいから、いい加減私のところへ戻ってきなさい。拳骨4つで許すから。
ひどいな、去年まで3発と言ってたのに……君の拳は意識が飛ぶから本当に勘弁してほしい。
全く、人を自分に溺れさせるわ、自分も海で溺れるわ……ライフセーバー失格ね。
確かに、ライフセーバー失格なのは認めよう。だが、ひとこと言いたい……先に私を溺れさせたのは君の方だ。
本当はあの日、「ペアリングを海に落とした」なんて嘘だったのよ……ちょっと驚かせるつもりだったの。あなたが必死になる顔を見たくて……
もちろんそれは知っている。毎年君がここで言うし、あのときも私は分かっていたのだ。本気でリングを探すフリをして、海から上がったら婚約指輪を渡すサプライズの予定だった……
あなたが探しているペアリング、ここに私が持ってるわ。だからサッサと私をあなたのところへ連れてって……私泳げないんだから。
それも嘘だろう?……君が溺れたフリをして、何度も私に助けを呼んだのは、バイト仲間の間でも有名だった。私も知らないフリをして、毎回ドキドキしている君の胸に手を当てていたが……あの頃はお互いバカなことをやったものだ。
だいたい「穴場のビーチがある」なんてこんなところに連れてくるから……あなたが海から上がってこなくなったとき、どれだけ人を呼んでも誰も気づかなかったじゃない。おかげで私、2キロも離れた隣町まで電話を借りに行ったのよ。
プロボーズを成功させるには、人気のない場所である必要があったのだ。バイト仲間に知られたら、絶対に茶々を入れてくる。
あなたの遺体……未だに見つからないから、こんなヨボヨボになるまでずっと尾を引いちゃったじゃない。責任取ってくれるのかしら?
残念ながら、私の遺体はフジツボと魚の住処になっている。君は小魚が好きだったろう? 一緒に魚を捕まえても、絶対に逃がしてほしいと言うから……私は彼らの一部になったんだ。
ねえ、今年も連れて行ってくれないの? 婚期逃した女の恨みは怖いわよ? 呪い殺すなら今のうちよ? 私が死んだら、あなたのこと絶対にボコボコにするわ。
覚悟のうちさ……君の方こそ、死んでから「やっぱり他の人と一緒になればよかった」なんて言い出さないでくれよ。私は傷つきやすい幽霊なのだ。
なんかね、こうして独り言を言っていると、あなたが側で返事するのが聞こえてくるような気がするの。やっぱりだいぶ歳かしら?
ふむ……奇遇なことに、私もときどきそうなのだ。君に返事が聞こえているかと……こっちもそろそろ上へ行くときが近いんだろうか?
いい? 私を一人で置いて行ったんだから、私が逝くときは必ず迎えに来なさいよ。じゃなきゃ、拳骨6つだから。
2つ増やしたな……! まあいい、約束しよう。今日はそのしるしに、今まで君に渡せなかったものを持ってきたんだ。
あら……何か打ち寄せられて……この光るものは何かしら?
私が探していたのは、君が落としてしまったフリをしたあっちのペアリングじゃない。あの日、サプライズで渡すつもりだったこの指輪……この辺り一帯の海底を探し続けて、ようやく持ってくることができたのだ。
嘘……このイニシャル……私?
あのときの日付と君のイニシャル……勘のいい君なら分かるだろう。今年は賑やかな夏のビーチだ。お互い言葉は交わせないが、ここにいる間は一緒に楽しもうじゃないか?
ふふ……石の部分にフジツボくっつけたまま渡すなんて……あなたらしいわね。
夏のビーチが盛り上がるのは、まだまだこれからである。(完)

yomogi

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