ビーチ2

文字数 2,077文字

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CHIHIRO_F

『BFL』舞神光康

 背中に焦げるような日差しを浴びながら、音が鳴るのをひたすら待っていた。
ビーチフラッグスは瞬発力と反射神経の勝負だ。スターターピストルが弾けると同時に体を起こし逆方向に向かって走り、約20m先の旗を誰よりも速く奪う。それだけのシンプルなスポーツだ。灼けた砂の上にうつ伏せになると熱がくすぶった身体に火をつける。だんだんと浜辺の喧騒が静寂に変わってゆく、伝う汗のひとつひとつが分かる。呼吸を止めて全神経を耳に集中させるとあの瞬間が戻ってくる。
 
 競泳男子200m自由形の選手だった俺は神奈川県大会の優勝候補として名を挙げられ調子に乗っていた。実際、初戦では大会記録に並び、準決勝では高校新記録に1秒足りないタイムで他選手に身体4つ分の大差をつけていた。誰もが優勝を信じ期待と嫉妬の眼差しを向けている。
 そんな中「先輩」と力のない声で呼び止められた。1年の渋谷だ。いわゆるスポーツ特待生で高校に入学する前から部活に参加していて、1年の中で唯一大会に選手として出場している。幼さが抜けきらないが端正な顔立ちで人気が高く、この日も女生徒たちが客席を賑わせていた。
「僕、3位でした」
息を切らせ少し厚めの唇を青くして渋谷は言った。まだ腰も細くて、筋肉も十分についていないのによく勝ち上がれるものだと素直に感心していた。
「じゃあ、決勝で戦えるな」
またあとでという意味で渋谷の肩に手を置いたのだが、かなりの熱かったのでそのまま話をしてしまった。
「お前熱でもあるんじゃないか?」
「いや、僕ちょっと体温高くて、あと屋外のプールが久しぶりで焼けちゃって」
「そうだよな」
 この日は運が悪かった、いつも使っていた県立の水泳場は改修工事でずいぶん古めの屋外プール場しか使えなかった。オマケに機械も故障していて、競技係員自らがスタートの合図を出している。そのせいかいつも勝ち上がる他校の選手を見かけなかった。
「アツいの平気なんですよ」
あまり喋った事はなかったが俺は渋谷の事が苦手だった。笑うとこぼれる八重歯も大きな目を細めてクシャッとする姿もどこか人を見下しているようで好きになれなかった。聞きやすく明るい調子で渋谷は話を続けている。喋るのが得意ではなかったので「何か聞きたい事あるの?」と切り上げようとすると渋谷は俺をのぞき込んできた。
「どうしたらあんなに早く泳げるんですか?」
そんな事が聞きたかったのかと、思わず笑ってしまった。
「結構マジメに聞いたんですけど」
「ごめん、ちゃんと教えるから」
思い返せば後輩にキチンと指導するのは初めてだった。話し終えると渋谷は目を輝かせた。
「だからそんなに筋肉がついてるんですね」
「泳いでばっかりじゃダメなんだよ」

そういうと渋谷は俺に体をピタリと寄せて自分と比べた。

「ほら足なんてこんなに太さが違いますよ」

競泳の選手はみな全身の毛を剃っているため完全に密着してしまう。

「ひっつくなよ」

渋谷の塩素で茶色くなった髪が顔に当たる。

「ほら腕も」

「くっつくなって」

その時俺は妙にイライラとしていて突き放してしまった。渋谷は驚いて俺の腕を掴んだ、床が濡れているせいで足に踏ん張りが効かず渋谷は俺の上に重なるように倒れてしまった。

わずかに唇が触れた。

慌てて体を起こし怪我がないかを確認した。

「大丈夫か?」

「先輩は?」

お互いの視線は唇を捕らえていた。何かを言って茶化そうにも言葉が出てこなかった。渋谷は少し顔を赤らめて黙ってしまう。

「200m決勝の方はこちらに集まってください!」

係員が大声で呼んだおかげで我に返った。

「あっち行かないとな」

「・・・・・・はい」


 同じ高校なのにコースが横並びになってしまった。運営委員が混乱してるせいだろう。

「ヨーイ」の声で俺たちは膝を曲げ、腰をかがめて水に向かってまっすぐ腕をつきだす。一瞬息をとめ、全神経を耳とスタート台を踏むつま先に集めて、ピストルの音を待つ。水面にはぬけるような青空が映り、俺たちを、空に向かって落ちてゆくような気にさせる。風が吹くたびにユラユラと光の波が走る。音が届いた。同時に飛び出したはずなのにオレの目には渋谷の細い足が見えていた。俺はその決勝で負けて、それから部活に出るのを止めてしまった。

            
 破裂音が耳に届くと腕が身体を起こし、脚は反対へと駆け出す。目の前を遮るもの一切はなく突き立てられた旗は俺の手に吸い寄せられる。俺は負けた事がなかった。なのに、俺の前を走る奴がいる。叫ぶ輩も水着姿の女も目に入らない、俺と旗との間にはただ道があるだけでその距離と時間を縮めていく自分との勝負の場だった。男は残り5mの距離を飛ぶ。早過ぎる、身体がトップスピードに乗りその力を跳躍に変換できるのはせいぜい2m。だが男は見事に跳躍し旗を掴み獲った。
その男の笑みから八重歯が覗いていた。


俺はフラフラとシャワー室へ入った。

いくらシャワーを浴びても身体から熱が抜けない。砂はいつまでも纏わりついて離れなかった。

maigami_mituyasu

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