6 生きたい
文字数 1,363文字
ナサとメルは、広場から遠く離れた禁じられた森まで急いだ。
国境を越え、違う国へ亡命するには薄暗い森を抜けなければならない。
その数少ない他国へつながる森の一つが
「禁じられた森」である。
この森は、自国の者であっても入る者はほぼいないため道を把握するのはおろか、極めて難所である森だった。
ここなら、追っ手もそう簡単にはこれまい。
メルがこの森をよく訪れる為、また、いざという時の為、ナサはこの森の地形を把握していたのだった。
森の中程まで行き、敵の声は聞こえなくなった所でメルは
「……降ろして。」
と頼んだ。
いくら何でもナサにずっと抱えてもらうのは、申し訳ない。
体力にだって限界がある。そのせいで、あの人達に追いつかれたら。
もう、誰も。
そして、話は冒頭に戻る。
ナサは、メルの額から流れ出る血を自分の服の袖で拭う。
「すみません。ちゃんとした消毒も出来ずに……。」
メルの耳には入っていなかった。
ただ、虚ろな瞳のまましゃがんでいるだけ。
皇女は、一夜にして、家族を、民を、故郷を失った。
それが、どんなに過酷な運命か、ナサには痛い程、理解出来た。
しかし、このまま森に留まり続ければあの白装束の軍隊は遅からずやって来る。
あの者達は国の土地勘を把握していないからこそ、まだ追ってきていないだけ。
ナサは、メルを何とか立たせようとした。
だが、本人にはその気がない。
「逃げるのです、ここから。
さ、早く立って。」
……逃げる? どうして?
ナサの言葉にようやくメルは反応した。
皆は、まだいる。お母様もそこで私を待っている……。
そうだ、待っている。
あれは、悪い夢だったんだ。
広場に戻れば皆が大騒ぎして踊ってて、お母様は私の水術 を見たがっている……。
「……戻らなくちゃ。」
フラフラっとメルは、今来た道を戻ろうとする。ナサは、慌ててメルの腕を掴む。
「どこへ行くのですか⁉」
どこ? 戻るんだよ……元の……。
その時、メルの頬を水が一滴つたった。
メルは、手で水を拭き取る。だが、水は幾ら拭いても止まらない。
「メル様……。」
急にナサはメルを引き寄せ、ギュッと抱きしめた。
「お辛かったでしょう、メル様。」
メルは、水を拭き取った自分の掌を見た。
私、泣いている……?
メルも本当は分かっていた。
もう、あの広場には自分を待つ人間はいないと。
「どうしてこんな……こんな。」
「もう、何もおっしゃらないで下さい。」
「……明日からはちゃんと水術 の練習をするってお母様と約束した。」
「えぇ、そうでしたね。」
「……水術 の練習をしていたら、お母様を守れたかな?」
メルは答えを求めるかのようにナサを見上げた。
「……。」
ナサは、何も言えなかった。決して、メルを責めているわけではない。
ただ、何を言えばいいのか分からない。
「練習、毎日しとくんだった。」
「貴方のせいではありません、メル様。」
ナサは、震えているメルをもっと強く抱きしめた。
「今は、生き延びましょう。
これから生きていく事が、貴方にとってどれ程辛くても。
それが、王妃様の願いです。
きっと、これが命をかけて守って下さった王妃様へのせめてもの恩返しなのです。」
ナサの片目から、涙が滴り落ちた。
メルの目から、大粒の水がぼたぼたと溢れ出した。
「お母さ……お母様あぁぁあー‼」
公国最後の皇女の悲痛な叫び声が暗い森の中に響き渡る。
少女の願う明日はもう二度と。
国境を越え、違う国へ亡命するには薄暗い森を抜けなければならない。
その数少ない他国へつながる森の一つが
「禁じられた森」である。
この森は、自国の者であっても入る者はほぼいないため道を把握するのはおろか、極めて難所である森だった。
ここなら、追っ手もそう簡単にはこれまい。
メルがこの森をよく訪れる為、また、いざという時の為、ナサはこの森の地形を把握していたのだった。
森の中程まで行き、敵の声は聞こえなくなった所でメルは
「……降ろして。」
と頼んだ。
いくら何でもナサにずっと抱えてもらうのは、申し訳ない。
体力にだって限界がある。そのせいで、あの人達に追いつかれたら。
もう、誰も。
そして、話は冒頭に戻る。
ナサは、メルの額から流れ出る血を自分の服の袖で拭う。
「すみません。ちゃんとした消毒も出来ずに……。」
メルの耳には入っていなかった。
ただ、虚ろな瞳のまましゃがんでいるだけ。
皇女は、一夜にして、家族を、民を、故郷を失った。
それが、どんなに過酷な運命か、ナサには痛い程、理解出来た。
しかし、このまま森に留まり続ければあの白装束の軍隊は遅からずやって来る。
あの者達は国の土地勘を把握していないからこそ、まだ追ってきていないだけ。
ナサは、メルを何とか立たせようとした。
だが、本人にはその気がない。
「逃げるのです、ここから。
さ、早く立って。」
……逃げる? どうして?
ナサの言葉にようやくメルは反応した。
皆は、まだいる。お母様もそこで私を待っている……。
そうだ、待っている。
あれは、悪い夢だったんだ。
広場に戻れば皆が大騒ぎして踊ってて、お母様は私の
「……戻らなくちゃ。」
フラフラっとメルは、今来た道を戻ろうとする。ナサは、慌ててメルの腕を掴む。
「どこへ行くのですか⁉」
どこ? 戻るんだよ……元の……。
その時、メルの頬を水が一滴つたった。
メルは、手で水を拭き取る。だが、水は幾ら拭いても止まらない。
「メル様……。」
急にナサはメルを引き寄せ、ギュッと抱きしめた。
「お辛かったでしょう、メル様。」
メルは、水を拭き取った自分の掌を見た。
私、泣いている……?
メルも本当は分かっていた。
もう、あの広場には自分を待つ人間はいないと。
「どうしてこんな……こんな。」
「もう、何もおっしゃらないで下さい。」
「……明日からはちゃんと
「えぇ、そうでしたね。」
「……
メルは答えを求めるかのようにナサを見上げた。
「……。」
ナサは、何も言えなかった。決して、メルを責めているわけではない。
ただ、何を言えばいいのか分からない。
「練習、毎日しとくんだった。」
「貴方のせいではありません、メル様。」
ナサは、震えているメルをもっと強く抱きしめた。
「今は、生き延びましょう。
これから生きていく事が、貴方にとってどれ程辛くても。
それが、王妃様の願いです。
きっと、これが命をかけて守って下さった王妃様へのせめてもの恩返しなのです。」
ナサの片目から、涙が滴り落ちた。
メルの目から、大粒の水がぼたぼたと溢れ出した。
「お母さ……お母様あぁぁあー‼」
公国最後の皇女の悲痛な叫び声が暗い森の中に響き渡る。
少女の願う明日はもう二度と。