第二話 グリューン村 コットンラビットファミリー

文字数 11,944文字

グリューン村の村長であり、小学校の校長でもあるコットンラビットのお父さんは、学校の先生不足に悩んでいた。
今現在、自分と妻と、二人で先生をやっている。
小学校は生徒の人数は少ないが、先生も少ない。
どうしたって、先生は足りていない。
小学校だけではなく、中学校もだ。
しかたがなく今は、ルージュ市でデパートのピアノ演奏と中学校の臨時音楽教師をやっている、ライオンさんに、こちらの学校の方にも、来てもらっている。
音楽教師ではあるが、外国語も分かる為に、こちらでは音楽と外国語の教師をやってもらっている。
それでも最近、ルージュ市の方からの連絡で、仕事を探している夫婦がいると、村長であるお父さんの所へ連絡が回ってきた為、先生として迎え入れる事が出来た。
しかし、新しい先生は、この国の事をよく知らない為、サポート役にサポートしてもらいながら、先生の仕事をこなしてもらっている。
ヴィオラ町に住んでいる、シャグリーブロンのお母さんが、産休していたが、現場に復帰するという事で、しばらくの間、その人に、新しく来た夫婦のサポート役に来てもらっている。
一人では大変だろうと、もう一人サポート役を呼ぶことになった際、アーテル村の村長に、歴史探検ゲームの仕事を頼む時、先生不足で、新しくこの国に来た夫婦に、先生の仕事をしてもらう事となったが、外国から来た為に、この国について、知らない事、分からない事だらけだから、女性に一人、復帰する前のリハビリ感覚でサポート役に来てもらっているが、もう一人欲しいと、相談した所、来てくれたのは、元・教師だったというアーテル村のコアラさんだった。
先生の仕事はしたくないようだが、子供は好きな為、面倒みたい、という事だった。
先生ではく、あくまでサポートという感じならば、その仕事を引き受ける、という事だった。
さらに、自宅で、ピアノ講師や学校に行けない子や外国から来て言葉が分からない子供に、勉強や言葉を教えているという事だったが、最近、暇になってしまったらしい。
小学校の方は、これで先生不足は解消気味ではあるのだが、問題は中学校である。
コアラさんを除く三人は、新しくこの国に来た夫婦は、そのうちサポートもいらなくなるだろう、ヴィオラ町から来ている女性も、サポート役が終わっても、そのまま小学校で働いてもらうつもりだ。
中学校は、どうすれば良いのやら、といった感じだ。
ライオンさんはすでに、仕事が一杯一杯である。
三つの職場を移動しているが、こちらに来る頻度は低い。
主にデパートとルージュ市の中学校の臨時音楽教師の仕事がメインだからだ。
正直、どうにかしなければ、この村の中学校を無くす方向に行ってしまう。
そうなると、子供達にも影響が出る。
それは、避けたい事だ。



新しくこの国に来た夫婦は、子供が一人いるゾウの家族だ。
その夫婦が新しく小学校の先生として、働いてくれる事となったので、歴史探検ゲームは、子供達の為でもあるが、新しく入った先生達の為でもある。
「国の歴史を知る授業」というのがあれば良いのでは?と提案したのは、コットンウサギのお母さんだった。
ゾウさん夫婦に、この国の事を知ってもらうには?と考えた事が、きっかけとなったようだ。
お父さんは、なるほど、と思った。
“チェックポイントを作ったりしても良い。
子供や大人、誰でも楽しく学べるようにしよう。“
そう思うと、あれこれ、お母さんと話し合う事が必要となった。
二人は学校内で色々と意見を出しあい、説明し、全員が納得した時、ようやく話がまとまった。
そして当日
学校での全員参加の授業、科目は社会や歴史ではなく、低学生向けの授業、「せいかつ」という事にした。
それが、「歴史探検ゲーム」というタイトルの学校行事となったものだ。
その学校行事は問題なく終わり、次の町と市の探索が控えている。
大きなイベントが終わった学校では、平和そのものだ。
まだまだ、ゾウ夫婦は、言葉の壁があるみたいだが、元々、それなりの職業についていたらしく、先生の仕事は、少しずつだが慣れたようだ。
サポート役も、教師だったのが良かったのかも知れない。
誰かに何かを教えるのが、とても上手な二人で助かった、とお父さんは思っている。
また、どこかで教師の仕事がしたい人がいれば、自分達の元へ来て欲しい、それがお父さんの今の願いだ。



「シャノン」と名乗る女性が、ルージュ市で職を探している、と聞き、どこでも良いから働かせてくれ、と言っているという。
是非ともウチで雇いたいが、まだこちらに来たばかりだという事だった。
住む家も探してない、との事だった。
ルージュ市に、外国人が一杯集まる【レインボーカラーロード】という所があり、ルージュ市の中でも外国街と呼ばれるような場所で、ゾウ夫婦もそこから来ている。
今現在、空いている家がなく、入る場所が無いのだが、赤ちゃんを二人連れている為、早急な対応をお願いします、との事だった。
グリューン村の村長であるコットンラビットファミリーは、中学生の双子がいる。
家もそれなりに広く、一部屋くらいなら、貸す事も出来る。
コットンラビットファミリーの家は、元々、そういう人を受け入れ、一時的に保護する為に、わざと家を大きく作ってある。
そこで、アーテル国に馴染んでもらい、生活支援をして、後は自分達で何とか出来るようになれば出てもらう、という事を何回かしてきた。
ゾウファミリーも、そうしてもらうか?と考えたが、ゾウファミリーはルージュ市の方で、すでにシェルターの一部屋を貸してもらっているから断られている。
その為、ゾウファミリーは、ルージュ市の方から通ってもらっている。
新しい人の受け入れは構わない、後はその人次第だ。



「シャノン」という人と会った時、お父さんは驚いた。
とても綺麗で、魅力的な女性で、お父さんは一目見て惚れてしまった。
しかし、妻子持ちである以上、へんな気持ちにならないようにしなければ、と気を引き締めた。
シャノンは心底疲れた顔で、施設の中にいた。
今日の早朝、この国へ来たらしいが、誰にも会わず、何時間も公園で過ごしていたらしい。
一刻も早く、別れた夫と離れたかったようだ。
子供は男女の双子で、まだ赤ちゃんだと聞き、お父さんは気持ちを抑える事が出来なくなった。
「シャノンさん、大変だったね、もう安心してくれ、私達があなた達を守るから」
疲れた顔に、ほんのり笑顔が見えた。
お父さんは、それだけで嬉しかった。
その後、シャノンと子供達を直ぐに家へ連れて帰った。
一旦、母屋に入ってもらい妻と子供達にシャノンを紹介し、お父さんはシャノン達が暮らす場所を掃除したり、片付けをした。
ようやく片付けが終わった所で、シャノンを部屋に案内した。
家は広く、シャノンだったら母屋の部屋でも良かったが、同じ屋根の下は、気持ちが高ぶった時、キケンだ!と思い、離れに住んでもらう事にした。
家族連れで人が来た時の離れなんだが、今回はシャノンの見た目の美しさに、ガマンが出来なくなってしまいそうでこわい。
妻子がいる家でそんな風になってはダメだと思い、断腸の思いで離れを掃除した。
シャノンは離れを気に入ってくれた。
家族もシャノンを受け入れてくれた。
シャノンは隣国から来たが、外国語が結構分かるらしく、お父さんが中学校の仕事が出来るか聞くと、教育関連の仕事はした事がないという事だった。
それならこの際、教員免許を取ってくれると、ありがたい、紹介したい仕事が先生の仕事である、と伝えると、シャノンは「分かった」と言ってくれた。
少し時間はかかるが、シャノンが中学校の先生になってくれれば、少しは先生不足が解消しそうだ。
その日の夜、シャノンとシャノンの子供達は、コットンラビットファミリーと一緒に夕飯を食べる事となった。
シャノンの子供達はまだ、赤ちゃんである為、普通の料理は食べれないが、シャノンはすごく喜んでいた。



翌日
シャノンを連れて、教員免許を取れる施設に来た。
本来なら、ちゃんと大学なり、短大なり出てほしいのだが、臨時教師専用施設がこの国にはある。
本格的な先生ではなく、あくまで「臨時」の先生であるのが前提である。
シャノンの子供達は、村の乳児院併設の保育園に預けてある。
村の乳児院は、カワウソさんの乳児院はだいぶ前につぶれてしまった。
本来ならそちらに預けた方が良かったのだが、しょうがない。
もう一つの乳児院併設の保育園は、アクティブな所で、いつもアウトドアな事をしている。
今回は臨時だからしょうがないのだが。
それにしてもシャノンは、初めて見た時から思っていたのだが、やはり子供がいる女性としては、凄く若々しく、美しかった。
夫からひどい目にあった、とも言っていたが、こんな美しい女性を、痛めつけるなんて信じられない。
その男には、怒りが込み上げてくる。
シャノンは「もう、男はこりごり」と言っていた。
当たり前だろう、ひどい事をされた後というのは、そうなってしまってもおかしくない。
お父さんは、シャノンの傷を癒してあげたいと思い始めた。
とにかく傷を癒す為、優しく接する事は、とても大切な事だ。
子供を連れて、外国からこの国へ来て、不安も大きいだろう。
「私がケアをしてやらなければ」
お父さんは、ぶつぶつと独り言を呟いてしまっていた。
この場所は、外人向け職業訓練所という場所で、結構大きな建物である。
一階はカフェ施設、食堂もあって、お父さんは今、カフェにいる。
ルージュ市の一角、外国人が多くいる外国街、「レインボーカラーロード」と呼ばれる場所にある。
様々な外人がカフェに来ている。
施設を利用する人だけでなく、別の人も利用出来る為、皆、他人の事など気にせず、一人で教科書とにらめっこしたり、お喋りを楽しんでいる。
お父さんの独り言は、誰にも聞かれてないようだ。
シャノンの事を考えると、下半身が情熱を帯びてくる。
妻のいる身だというのに、なんてこった。
しかし、シャノンの魅力というのは、そんな事、お構いなしになってしまう程のものだ。
昨日、自分の息子も、目の色を変えてシャノンを見つめていた。
息子も、シャノンの事をとても気に入ったのかもしれない。
それはそれで問題だ。
息子はまだ中学一年生で、先生に興味を出す年頃なのはしょうがないが、シャノンは困る。
シャノンは今、傷ついた身で、ようやく危害を加えた元・夫から逃れられた女性だ。
まずはその傷を癒し、この国で臨時とはいえ、教師として頑張ってもらいたい。
自分だって本当なら、シャノンと仲良くなりたい。
しかし、家庭の事や、シャノンの子供の事を考えると、そこまで深い関係にならないように、気を付けなければ!と、思っている所である。
息子に取られるわけには、行かないのだ。



しばらくして、シャノンがカフェに入ってきた。
お父さんを見つけると、席に近付いてきた。
「疲れたので、私も何か飲みたい」というので、お父さんが「サービスだ」と言って、お金を出した。
シャノンは受け取るのを拒否したが、「良いから」と、強引にお金を渡した。
「アリガト、ゴザマス」と、シャノンは片言のアーテル語で言い、飲み物を買いに、カウンターまで行った。
戻ってくると、ドリンクとお釣りを手にしていた。
お釣りをお父さんに返そうとすると、「良いよ、君が持ってて」と言い、シャノンの手にお父さんは自分の手を重ねた。
シャノンは小さく頷いて、しぶしぶ財布の中にしまった。
お父さんから見て、シャノンのその仕草の一つ一つが、可愛らしく見える。
シャノンに、仕事の方はどうだったか聞くと、ドリンクを一口飲み、説明してくれた。
とりあえず、この場所で、先生になる為のスキルを磨けるが、正式な先生になれる訳ではない為、やはり落ち着いたら、学校へ通ってもらった方が、より、ちゃんとした先生になれるから、そちらの方がオススメ、と言われたらしい。
それでも、今すぐに、というと、講義を受けながら、学校の先生として働いてもらう。
最初の三ヵ月は、この施設で講義を受けてくれ、そして、その三か月後から、少しずつ、学校で教える事が出来る、という事だった。
ただし、そんな状態なら、教育実習生を一人、送り込む事は出来る、という事だったらしい。
ちゃんとした学校に通い、先生を目指している子で、卒業後も働かせていい、という事だった。
それは思ってもみない、幸運だった。
その代わり、ルージュ市から通う事になる。
その分、交通費を出してあげて欲しい、との事だった。
厳しい条件だが、シャノンの為、村の為にしかたがない。
そう、決断して、その説明をしてくれた人にもう一度、今度はお父さんも一緒に、行く事となった。
シャノンの手続き、教育実習生の手続きをして、この日は帰る事となった。
家に帰ってすぐ、シャノンは書類に自分の事を書き込み、お父さんも教育実習生の受け入れ準備を始める事となった。
一旦、落ち着くまで、数ヶ月、いや、もっと時間がかかるだろう。
とりあえず、二人の先生の受け入れる事が出来そうで、お父さんは少し安心した。



翌日から、お父さんは学校の校長としての仕事と、村長としての仕事を、二つこなしながら、シャノンとの時間を作った。
仕事の依頼もそうだが、シャノンはこの国に来てまだ数日といった所だ。
休みたい時もあるだろうに、シャノンは寂しげな笑顔を見せて、「夫と一緒だった時に比べれば、楽な方よ」と、言ってくれた。
子供達の事も心配だろうに、シャノンは、「大丈夫よ」としか言わなかった。
その言葉が余計にお父さんの心を刺激した。
「なにかあったら、遠慮なく言ってくれ」とは、声をかけるものの、シャノンは「ありがとう」しか言わない。
自分はまだ、警戒されているのだろう、ひどい目に遭った人は、どうしてもその記憶が薄れるまで、人を信用したり、愛したりは出来ないだろう。
またいつか、自分の身に恐怖が襲ってくるか、分からない。
シャノンはつねに、人との距離を取っている。
お父さんとしては、その距離を少しでも縮めたいと思っている。
いつかはシャノンと、親密な関係になりたい。
心の、いや、下半身の願いは、その気持ちで一杯になってきている。
シャノンを抱きしめ、キスをしたい。
もちろん、下心では、なくて…だ。
“あぁ、シャノン、早く君を抱きしめたいよ”



一方、その頃。
お母さんはシャノンに対して、なにか“女のカン”のようなものが、働きつつあった。
お父さんは事を大袈裟に話す癖がある。
親切すぎる時もある。
とくに女性に対して、優しすぎる所があるのだ。
最初、お母さんもお父さんと初めて会った時は、とても親切で、優しく、話が面白い人だと思った。
しかし、一緒にいる間に、それは不安に変わっていった。
誰にでも優しい訳じゃなく、女性には優しい。
とくに綺麗だったり、若かったりすると余計にだ。
女性であっても年寄りやオバサンには、そういった優しさは見せない。
常に、若くて美しい女性に優しく、そして親切にしている。
シャノンを初めて見た時も、これは少し、いや、充分に警戒が必要だと思った。
シャノンについても、何か引っかかる。
この村に来た時の服装や、持ち物が、やたら綺麗だったり、高級品ばかりだったからだ。
子供に対しては、それなりに面倒見ているみたいだが、所々、愛情よりも、仕方がなく、といった感じに見える。
本当に彼女は、夫にひどい事をされて、この国へ逃げて来たのだろうか?
朝、というより、早朝の早い時間帯に、子を連れて逃げて来た、と言うが、子供の事を考えて、逃げられる時に逃げて来たんだろうが、もう少しどうにかならなかったのだろうか?
お母さんは、考えれば考えるほど、怪しいのでは?という思いが強くなった。
シャノンがこの家に来てから、お父さんは口を開けば「シャノン、シャノン」と、シャノンの名ばかりを言うようになった。
まだ、来て数日くらいだと思っていたが、お父さんの「シャノン」という言葉は、一週間分くらい聞いた気がする。
お母さんは、ウザったいくらいだと、嫌気がさしていた。



コットンラビットファミリーの長女、奈緒子は、だいぶウンザリしていた。
それもそのはず、お父さんの「シャノン」もウザったいが、奈緒子と双子の姉弟の悟志も、「シャノン、シャノン」と、シャノンの名前を何度も口にしている。
正確には、「シャノンさん」または、シャノンの名前を呼ぶのを恥ずかしがって「白兔子(パイトゥーツー)さん」と、呼んでいる。
シャノンからは、「好きに呼んで、でも、あまりにも変な呼び方なら、流石に怒るけどね」と言われている。
奈緒子とお母さんは、普通にシャノンさんと呼んでいるが、父はシャノンと呼び捨てである。
そもそも、それなりの年頃の奈緒子にとって、弟や父というのは、毛嫌いの対象である。
弟とは、小学校入学と同時に、部屋が別れたが、最初の頃は二人共、慣れるのに時間がかかり、弟は奈緒子の部屋にいつも来たり、オモチャを持って遊びに来たり、二人で遊べるオモチャを買ってもらい、二人での時間を沢山とっていたが、小学校三年生の時、奈緒子が弟を少しずつ避けるようになった。
それからずっと、部屋に来ることは無し、あってもイタズラを仕掛ける時だけになった。
弟も弟で、最初はぐずったが、しばらくすると、「女なんてクソだ」と言い始めた。
成長と共にやってくる、思春期特有の気持ちや行動で、しかたがない部分である。
それが今、十三歳になった双子は、お互いがお互いを「クソ」扱いしている。
そんな中、弟が大人向けの本をどこからか入手していて、気持ち悪くなってしまった。
中学に入った途端、そういうのを読み始めた。
奈緒子は現在、男性アイドルの「翼」に力を入れている。
ペルシャネコの男の子で、とても毛並みが綺麗で、ハンサムな顔立ちなのだ。
アーテル村の出身というのも、親近感が湧く。
少年保護施設にいたらしいが、そんなのどうでも良かった。
奈緒子はイケメン主義である。
イケメンならば、全てが許されるが、恋愛と結婚だけは許されない。
見た目が悪い者との共演も許されてはいない。
(奈緒子が勝手に思っているだけだが)
翼は翼だけで、輝いていないとダメなのだ。
(あくまで奈緒子の主観)
奈緒子は今現在、そんな翼と、父と弟を比べて、父と弟は存在してはいけない者同士だと思っている。
実に不愉快な相手だった。
ついでにシャノンも良く思えない。
翼のような、真っ白な毛並みに美貌もなんだか腹立たしい相手だった。
しかも、苦労したと父が言っているが、どう見たってブランド服。
毛並みも美しく、苦労した身には見えない。
どちらかというと、「男が好き♡」で、「男が勝手に寄ってくるの♡」と、「男からのプレゼント♡」と、いった感じで、「男」と語尾にハートマークが付きそうな女だと、奈緒子は思っている。
母も最初は歓迎したが、朝を迎えると、「なんだか怪しい」と、言い始めた。
「女のカン」というのが、大人の女性にはあるそうだ。
もちろん、無い人もいるかも知れないが、大半は何かしら「カンが鋭い」人が多いらしい。
奈緒子はまだ良く分からないが、何となく母のカンは当たっている気がする。
“まったく、翼みたいな男性なら、私だって歓迎するのに”と奈緒子は思っている。
一方、弟の方は、父同様、シャノンに熱い情熱を感じていた。
美人で優しいシャノン
ちょっと年上のお姉さんである。
子供を産んでいても、美貌は崩れていない。
その美しさに、子供がいる事など、どうでもいいようだ。
大人向けの本を、中学で出来た友人に貰い、何回も、何回も、ドキドキしながらページをめくっている。
その本に出てきてもおかしくないほど、シャノンは美しかった。
何とかしてシャノンと仲良くなりたいが、上手く声をかけられない。
姉の奈緒子なら、女同士だから良いかも知れないが、自分は男である。
気安く声など、かけられるわけがない。
シャノンの方から、声をかけて欲しいが、忙しいらしく、ほとんど顔を合わせていなかった。
二日、三日しかたってないのに、自分の心には、すでにシャノンで一杯だ。
ハッキリ言って、一目惚れをしてしまった。
人生初の恋は、シャノンで間違いない。
大人向けの本の内容に書いてある通り、本当に大人の女性の体は、あんなにもエロティックで艶やかなんだろうか。
シャノンも、服を脱ぐとセクシーさ100%の体をさらけ出すのだろうか。
そんな事を考えていたら、体が興奮してきてしまった。
“これはまずい”と思い、悟志は別な事を考える事にした。
悟志は今、自分の部屋にいるが、隣の部屋は姉の部屋である。
姉も姉で、部屋にいるらしい。
壁からの大音量の「翼」の歌が、聞こえてくる。
とても不愉快な音だ。
この音が聞こえてきたおかげで、興奮は抑えられたが、怒りは込み上げてきた。
「チッ、奈緒子のやつ、うるせー!!
しかし、文句を言いに行く気にはなれず、布団に潜り込む事にした。
ベッドの上に上がり、布団に潜り込むと、より一層、シャノンへの気持ちが高まってくる。
モヤモヤッとした気持ちを抱え、しかたがなく大人向けの本を開くことにした。
悟志は、後、一冊、いや、何冊でも欲しいと思った。
しかし、大人向けの本は、子供は買えないし、高い物だった。
買うにも専門の本屋や、普通の本屋でも、仕切りが出来ていて、子供一人では入れないようになっている。
大人がいたとしても、子供を連れて入る事は許されず、必ず店員に注意されるらしい。
友人の一人が、一番上の兄と一緒に入ろうとした所、見つかって身分証明書を出せと言われたらしい。
「まったく、きびしい世の中だぜ」と、つぶやいていた。
悟志はふと、もしかしたら、家の中に何かあるかも知れないと、思い始めた。
そう思うと、いてもたってもいられず、布団から盛大に飛び起き、ベッドを降りて、部屋を出る事にした。
大人向けの本は、そのまま置いておくと、家族に万が一、見つかったら大変だ。
悟志はしゃがみ、ベッド下の空いている空間の所にある収納を開け、一旦、物を出し、一番下へしまい、また元に戻して急いで部屋を出た。
あるとしたら、父の書斎、いや、そんな所には隠さないだろう、第一、母も使うし姉だって入る時がある。
夫婦の寝室、ベッド、そこもないだろう、母に見つかる可能性がある。
そうなると、シャノンのいる離れ、いや、今はシャノンが使う為、父が片付けた。
残るは…客間か?
客間といっても、二部屋ある。
一階の客を通して、お茶を飲んだり、喋ったりする部屋。
もう一つは二階、客専用の寝室だ。
もし、離れに置いといたなら、片付けた際、父はこの場所にでもしまうだろう、ほぼ、人は寄り付かないからだ。
二階は夫婦の寝室、双子の姉弟の自室が二部屋。
一番奥が夫婦の寝室で、後は並んで双子の姉弟の部屋、そして、客専用の寝室である。
村長をしながら、学校の校長の仕事もある為、一階の客間の隣が父の書斎である。
その真上が客専用の寝室だ。
そこのどこかに、もしかしたらあるかも知れない。
悟志は自室から出ると、階段の方へと行き、階段近くにある戸を開けた。
コの字のようになっていて、階段上がってすぐ、右の部屋が客専用の部屋だ。そこから左側へ行くと、悟志の部屋、奈緒子の部屋へ続き、一番客専用の寝室と、向かい合うように、夫婦の寝室がある。
父は、母とケンカすると、だいたいその部屋で寝ている。
父の私物が沢山置いてあると、聞いた事がある。
客がその部屋を使う時は、離れに物を移動する、と言っていた。
シャノンがこの部屋を使えば、私物は離れだろうが、シャノンは離れを使っている。
この部屋をくまなく探そう。
悟志は、客専用の寝室の中に入り、ドアの前で部屋の中を見渡した。
部屋の中は、ごく普通だった。
誰かが部屋を使った形跡はない。
一歩一歩、部屋を見渡しながら、どこにあるのか考える。
ベッド、クローゼット、ベッドサイドのテーブル、チェスト…。
まずは、部屋の中央にある、ベッド周辺から探すことにした。
ベッド下、ベッドサイドのテーブル、チェスト、クローゼット。
どこを見ても、見当たらなかった。
この部屋には荷物が無い。
当たり前だが、父の下着一枚、落ちていない。
夫婦の寝室には、入る気がしない。
後、考えられるのは、父の書斎だろうか。
それとも、一階の方の客間だろうか。
探すのを諦められない為、悟志はその二部屋も探すことにした。



一階に下りると、まずは希望が薄そうな客間を探すことにした。
客間は相変わらず、そんなものが置いてあるようには見えない。
棚を漁ったが、とくにこれといった物は無かった。
さて、本を隠すには、やはり書斎だ。
一旦、客間を出て、隣の書斎へ入る。
本棚に囲まれているこの部屋は、隠すのに最適な場所だ。
悟志は、気合を入れて探すことにした。
村の地図、村や国の歴史の本。
村人達の情報。
外国から来た人の為の本、ずらりと何冊もあり、見慣れない言葉の本も、同じ棚に並んでいる。
この本棚は、村長としての必要な情報をファイルした物や、外国語の本、外国から来た人の情報など、そのような物をしまっているらしい。
その隣は、校長としての、学校関連の物だ。
一つの棚に、村長としての重要な物を入れ、それで一杯になっている。
隣の棚もそうだ。
隣は隣で、学校関連の物で一杯だ。
次の棚は、世界地図など。
「世界の料理?料理だけで、随分たくさんあるな、古い本もある」
この棚も世界地図や料理本で一杯だ
次の棚からは、父の読んでいる小説や、母が読んでいる雑誌などが置いてある。
夫婦の本棚らしい。
部屋を出入り口から、左側の本棚から順番に見て、夫婦の本棚で壁と窓になる。
そこから今度は、右を向き、本棚の並んでいる方に背中を向ける。
机と椅子がある。
壁に向かって、机がくっついて、椅子と机の作り付けのひきだしが三段。
まずは、そこから確認だ。
上の引き出しから開けて、真ん中、一番下と確認。
入ってなかった。
もう、探せる所は無い。
棚はあるが、大きな棚は、ただの飾り棚だ。
色々な物が飾ってあるだけだ。
後は、リビング、何もないだろう。
キッチンは、ありえない。
後はやっぱり夫婦の寝室。
二階に戻り、夫婦の寝室へ入る事にした。
悟志の気分は、下がり気味に階段を上がった。
夫婦の寝室へ入り、色々な所を見たが、それらしき物は無かった、
後は、それこそ離れだろうか。
まぁ、探すのはもう、終わりにしよう。
悟志はそのまま、部屋へ戻った。



客間の隠れ部屋の中にいた父は、ドキドキしながら、バレないかと不安で一杯だった。
出入り口の方へ戻る事にし、音を出さないよう、移動した。
書斎の裏から、飾り棚の戸を開け、外に出る。
お父さんの隠れ部屋の存在は誰も知らない。
そこは、お父さんの為だけの隠し部屋だからだ。
クローゼット程度の部屋だが、中には学生の頃から集めた、大人向けの本が沢山ある。
この家を建ててもらう際、誰にもばれないように、建築家にお願いして、この部屋を作ってもらった。
ウナギの寝床のように長細い部屋が、客間と書斎の裏にある。
家の外からも分からないよう、設計されている。
本当にこの部屋は天国だ。
息子にさえ、教えたくない。
というより、教えるつもりはない。
シャノンが来て、何日もたってないというのに、出会ってからというもの、下半身の情熱が冷めない。
熱く、力強く、シャノンを求めている。
シャノンと、そういう関係になれるかは、分からないが、今は、情熱を冷ます為に、この部屋に籠る必要がある。
息子は今、思春期真っただ中。
つい最近まで、小学校高学年特有の「女子はクソ」宣言していたというのに。
今でも女子は、クソなやつもいる、と思いつつ、女性に対しての興味が湧いているらしい。
特に性に関して、莫大に興味が湧き始める時期だ。
大人向けの本の一冊や二冊、持っていてもおかしくない。入手経路は、中学の友人の兄辺りか?
まぁ、そんな感じだろう。
中学、高校生くらいなら、まだまだ浅い、女性の裸だけで、フィニッシュ出来るだろう。
しかし、少しずつ年を重ねる事に、刺激は激しくなる。
もっと、違う物を!!と、どんどん求める物が、増えてくる。
趣味、思考は、実にバラバラに広がり、刺激を求め、あちらこちらへと、向かって行く。
仲間を見つけ、情報交換をし、大人向けの本を増やしていく。
まさに、男のロマンだ。
息子もいつかは、大人の階段を上る途中で、色々な刺激に出会うだろう、どれが自分に合うか分からない。
それは自ら、見つける物だ。



母屋で父子が、大人向けの本に対して、熱い情熱を捧げていた頃、離れではシャノンが誰かと話していた。
「グレーの毛並みのウサギの家に、お世話になっているわ、計画は順調よ、運は私に味方してくれている。グリューン村の家よ、仕事なら、学校の先生になって欲しいと頼まれて、三ヵ月間、ルージュシティの職業センターで、お世話になって、それから教壇に立つわ、グリューン村の中学校ですって、ホントについてるわ!教師なんてした事無いけど」



「ふぅ、疲れるわね」
電話を終えて、シャノンは一息ついた。
“この村を、ふんだんに調べなきゃ”
シャノンは窓の外を見た。
「禁断の森は、あっちかしら?」
シャノンは、木が生い茂っている所を見つめていた。
しかしそこは、禁断の森ではなく、森林公園という場所だ。
シャノンの言う、「禁断の森」は、この近くにはない。
そして、グレーの毛のウサギは、村長一家だけではない。
シャノンが探す、そのグレーの毛並みをしたウサギは、グレーウサギファミリーの事である。
シャノンはまだ、その事実に気付いていない。



「はぁ、どっかに良い男、いないかしら?楽したい」
シャノンは窓に背を向けて、ため息をついた。

              第二話 終わり
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