短編 シャノン ④

文字数 3,811文字

思いのほか使えない男だったが、シャノンは村長の愛人となった。
仕事は相変わらず、まだつけていない。
勉強は本当に苦手で、全くやる気が出ないが、中学校の外国語の先生になってくれ、と言われている以上、しょうがなかった。
男が欲しい時は嫌だったが、しかたがなく村長と愛人関係を続ける事で、とりあえずスッキリ出来た。
満足できないのだけが、シャノンは気に入らなかったが…。
ルージュ市とグリューン村の行き来は、だいぶ慣れてきたが、移動に時間がかかるのが、辛かった。
朝、早く起きなきゃいけないとか、メイクが大変とか、ご飯はルージュ市で食べれば良いが。
お金に関しては、村長がそれなりに出してくれている為、その点はありがたかった。
しかも、愛人になったら、さらにお小遣いアップになった。
しおらしく、純粋無垢な感じで、最初は断り、「良いから、良いから」と言い、ポンッと渡してくる絶妙なタイミングを、シャノンは分かっていた。
そのタイミングで、村長は必ずお金をくれる。
くれるお金が増えた分、贅沢しすぎず、贅沢したい時は、バレないようにこっそりとして、男を騙すテクニックだけは一流のまま、錆びていなかった。
とくに村長は、ちょろくて助かった。
シャノンはいつものカフェで、コーヒーを飲み、いつものように教室へ向かった。
今日は生徒の中に、なんだか随分と貫禄ありそうな男がいた。
シャノンは、その男が座っている席の隣の席へ座った。
シャノンの右側にいる男は、鬣(たてがみ)を生やしていた。
それでその男はライオンの獣人だと気付いた。
どこかで見た事があるように思ったが、イケメンなら忘れたりはしない、と思ったが、そうでないと結構、簡単に忘れてしまう為、誰だか分からなかった。
シャノンは右側を見るのを止めて、左側を見たが、冴えない男が座っているだけで、シャノンはどうでも良かった。
しばらくして授業が始まると、ライオンの男は結構、長年、来ている事が分かった。
先生が、「あら、久しぶりね」などと、その男と久し気に話していたから、その話を盗み聞きして、聞き入れた情報だった。
どうやらすでに、音楽教師をしているらしいが、臨時なだけで、ちゃんとした先生ではないらしい。
男は、「またちょっと、別の仕事を頼まれてな」と、先生に向かって言っていた。
シャノンはふーんと思っていただけで、とくに気に留めなかった。
無駄な情報は忘れるに限る。
しかし、森に住む王というのは、彼のようなイメージがある。
勝手に小さい頃から、ライオンは王様のイメージだ。
物語でも王様にされやすく、権力を携えているイメージだ。
確かに、王であってもおかしくなさそうな風貌だった。
最近、忘れがちになっている気がするが、シャノンは女スパイである。
この国の王を知り、隣国の王に得た情報を持っていき、知らせるためだ。
それでもしかしたら、自分が女王になれるかもしれないのだ。
シャノンの子供は王子と姫である。
今現在、その輝かしい未来に向かって歩んでいる所である。
村長のくせに使えない男と、気持ち良くない行為をして、男を有頂天にさせている自分の地位を、早く上げたかった。
しかし、全くというほど、情報が手に入らない今、焦りのようなものがあった。
母国である隣国には、いつ帰れるのだろうか。
いつ、情報を手に入れる事が出来るのか。
シャノンはさすがに不安になった。
ここでの勉強も飽きてしまった。
しかし、いつまでたっても、シャノンは教師になる資格がもらえず、自分だけが出来が悪くて、貰えないのでは?と、思い始めた。
しかし、チラホラと同じ顔を見かける所を見ると、シャノンだけじゃない事が分かり、安心した。
それにしても隣の男
こんな途中から入ってきたが、大丈夫なのだろうか?
元々、ここを受講しているらしいが、そんな空いた時間でふらっと来て、授業の内容は、分かるのだろうか。
そんな事ばかり、気になり始めてしまった。
シャノンは、必死に勉強する必要無いのでは?と思ったが、ヘマは出来ない。
王が待っているのだ。
気を引き締めて、授業に聞き入れた。
“これが終わったら、デパートへ行こう”
シャノンは集中モードに入った。



ようやく授業が終わり、立ち上がった所を、シャノンは先生に呼び止められた。
先生がシャノンに近付いてきて、「シャノンさん、次からは大学生同様、実習生として、実際に学校へ行ってもらいます」と言った。
その後、「今、資料を持ってきますから、ちょっと待ってて下さい」とも言われ、シャノンは待たされてしまった。
続々と生徒は部屋を出て行く。
ライオンの男も、いつの間にかいなくなっていた。
一人佇んでいると、再び先生は部屋へ入って来てシャノンに向かった。
「これが資料です、これに基づいて、大学生達と、教育実習、頑張って下さいね」
「はぁ、あっ、あの、今日、途中から入ってきた人いたんですけど、途中からでも大丈夫なんですか?」
「ライオンさんの事?まぁ、誰が途中から入って来ても大丈夫よ、とくに今日から来ていたライオンさんは、前にも一回、同じようにこの授業を受けているし、こういう所は、学校とは多少違って、大人が受けに来たりするから、どこから授業を受けても大丈夫になっているの、まぁ、最初から先生になりたい子は、大学なり、ちゃんとした学校へ行くしね。ここはあくまで、臨時教師の人達の為の教室だから」
「はぁ、そうなんですか」
「基本が分かっていれば良いのよ、さっ、次からは、あなたも大学生に混じって、教育実習よ、頑張って!じゃあ、お疲れ様」
「お疲れ様です」
そう言ってシャノンは、資料を持って部屋を出た。
ちょっと拍子抜けしたが、デパートに行って気分転換しよ!!と思ったら、元気が湧いてきた。
シャノンは軽い足取りで、外に向かった。



デパートに到着すると、シャノンは見慣れた姿を見つけた。
デパート一階の、ピアノがあるフロアだ。
さっきとはちょっと違った服を着ていたが、その風貌は、明らかにその男だった。
後ろから近付き、声をかけようと思ったが、男はピアノの方に近付き、ピアノを弾く準備をして、椅子に座った。
その次の瞬間、柔らかく暖かな音色が、奏でられ始めた。
シャノンは驚いて、足止めを食らってしまった。
「うそ、ピアニストだったの?」
さっきまで同じ空間にいた男が、まさかデパートでピアノを弾く人には見えなかった。
「人は見かけによらずって、感じなのかしら」
思わず独り言を言ってしまったが、とくには聞かれていなかったようだ。
シャノンは慌てて口を積むんだ。
ピアノの演奏が始まると、チラホラと人が集まってきた。
「ライオンさんの演奏だわ、私、皇様(すめらぎさま)の演奏より、こっちの演奏のが柔らかくて好きなのよね」
「実は私も!!イケメンで、何でもそつなくこなすと言われている、皇様の演奏も、気になって聞いてみたけど、なんか固いのよね、上手いんでしょうけど、どこか、心が籠ってないというか、なんかね、嫌な感じがするのよ」
「わかるわー、それ」
シャノンの隣で、女性二人がそう話しているのを、地獄耳で来ていた。
数センチ、いや、数メートル離れていたが、バッチリと聞こえた。
“皇様”というのがいるらしい。
何だろう、芸能人か、プロのピアニストだろうか
とにかく何か、そう呼ばれる人がいるようだ。
シャノンは、その名前をインプットした。
“すめらぎさま”ね“
一度は立ち止まって聞いていたが、シャノンは二階にある婦人服売り場を目指して、再び歩き始めた。



自分の靴やバッグや服を、それなりの量を買い込んで、子供服を見ている時、ふと、どこかで聞いた事がある名前の気がした。
“すめらぎさま”という名前。
ムリそうだが、シャノンは情報を集める為、子供達の服を買った後、アイドルグッツ売り場へ行き、グリューン村の村長の娘が好きで追っかけているという、アイドルのグッズを数点(高くて買いたくも無かったが)買っていく事にした。
幸い今は、人が少ない時間帯で助かった。
荷物持って、アイドルグッズ屋なんて、入りたくないからだ。
痛い目線も浴びずに済んだのは良かった。
タイミングを見誤ると、ここは大変な事になっていたはずだ。
大量の荷物を抱え、家に帰って来たシャノンは、まず自分の荷物から整理し、子供の服を片付けた。
村長の娘にあげるものは、村長から貰ったお小遣いで買ったが、正直、可愛くも無い子にプレゼントなんて、二度とゴメンだ。
しかも、アイドルグッズ
シャノンは、大きなため息をついて、村長の娘の為のプレゼントを見つめた。



夕方、娘が帰ってくると、早速声をかけて、シャノンのいる離れに押し込んだ。
例のぶつを渡し、皇様という人物について聞き出した。
「すめらぎ様?もしかして、シャノンさんもねらっているの?」
「まさか!!私はどういう人か知らないけど、今日偶然デパートでライオンの男がピアノ弾いている時に、近くの人が喋ってたのを(地獄耳で)聞いたのよ」
「あー、ライオンさんか、ライオンさんはデパートで働く人だよ、決まった時間にピアノを弾いてるんだけど、ライオンさんが弾いてない時、サプライズで、すめらぎ様が弾く時もあるって感じかなー。すめらぎ様もデパートで働く人だよ、紳士服売り場!ただし、あの人には公認の恋人がいるんだよ、私はそのくらいしか知らない」
「そう、分かった」
シャノンは情報を掴んだ。
次は皇様という人物がターゲットだ。

        短編 シャノン ④ 終わり
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